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狙われた恋人36

 港に着くと、紫月が一目散といった調子で駆け寄ってきた。冰の無事を今か今かと首を長くして待っていたのだ。 「冰君! 冰君ー!」 「紫月さん! うわぁ、紫月さんも来てくださったんですね! ご心配お掛けしてすみません!」 「とんでもねえ! 俺りゃー今回は全く役に立ってねえけど……とにかく無事で良かった!」  紫月は半泣きといった調子で、心から案じてくれていた様子がありありと分かる。冰はそんな彼の思いがとても嬉しかった。 「紫月さんにも鐘崎さんにも、それに皆さんにも……こんなにたくさんの方々にご心配お掛けしてしまって、ご足労いただいて……何とお礼を申し上げてよいか……本当にありがとうございました」  船が動き出すと同時に、奪還に携わってくれた全員の前で、冰は周と共に深々と頭を下げたのだった。 「お父様、お兄様にまでお手間をお掛けして……本当に恐縮です」  隼と風の前でも心からの礼を言う。 「いや、本当に無事で良かった」 「冰は本当によくがんばってくれた! こんな不測の事態に冷静に対応して、しかも的確で見事な判断には感服だ」  拉致した相手がどういう人物なのかを冷静に観察して、見事な芝居で出し抜いてみせた。そして何よりカジノでの勝負では周に賭ける位置を自らの衣装の背中に施したメッセージで知らせ、神技といえる素晴らしい手腕で狙った位置にピタリとはめたのだ。お陰で銃撃戦などという大事にせずに張の心まで折って、と同時に彼を心酔させ、すべてを丸く収めてしまったのだから、皆が感服するのも当然だった。 「しかし――あれだな。冰が我がファミリーの一員だということを世間に知らせる為にも、一度きちんとした披露目を行った方がいいかも知れんな」  父親の隼が独り言のようにして呟く。今後また似たようなことが起きないようにするには、正式に冰の立ち位置を明らかにすべきと思ったわけだ。周一族の者と知っていれば、簡単に手は出しにくいからだ。 「焔、冰。もちろんお前さん方二人の意見を第一に考えたいが、どうだろう」  披露目をするということは、周ファミリーの次男坊の生涯の伴侶として正式に冰を迎え入れるということを指す。二人は男同士だから、結婚という形ではないにせよ、生涯を共にする伴侶ということで世間に公表するという意味なわけだ。  周と冰が共に暮らし始めてからまだ日は浅いといえるが、もしも二人の気持ちが固まっているのであれば公式に認めたいという父からの寛大なる提案だった。 「父上、そのような勿体なくも有り難いお言葉、心から感謝致します。冰とよく話し合って、改めてお返事をさせていただきます」  周は冰と共に真摯に頭を下げたのだった。

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