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恋敵10
周とて似たような感覚は持っているつもりだが、それでも鐘崎と比べると若干そういった部分は鈍いといえるかも知れない。
「香港にいた頃と言われてもな……。まあ、メシを食ったりどこかに出掛けたりってなことはあったが、そんな些細な付き合いまで入れりゃ数え切れねえしな。だが、冰のような恋人なんてもんは特にいた覚えはねえが――」
頭をひねらせている周の傍らで、鐘崎は呆れたように肩をすくめてしまった。
「数え切れねえとはお言葉だな。いったい何人の女を泣かせてきたんだか――」
鐘崎は肩をひそめて苦笑気味だ。
「バカ言え。泣かせるほど深い付き合いなんざしてねえって話だ」
周も多少ムキになって反撃に出るが、さすがに今は冗談を言い合っている余裕はなさそうである。もしも本当に自分の過去絡みならばと思うと、より一層冰のことが心配に思えるのだろう。
「てめえにそのつもりがなかったとしても、相手にとっちゃ”彼氏”ってな感覚だったのかも知れん」
だが、まあここで周の記憶を辿っていても埒があかない。防犯カメラの続きを見ることに専念した方が良さそうだ。
鐘崎が画像を送っていくと、今度はまたもや見知らぬ男が三人ほど、かなり図々しい感じで押し入って来る様子が映し出された。いわばガラの悪いデカい態度といえる。女を羽交い締めにして罵倒を繰り返しているようだ。その映像を確認した瞬間に、やはり冰たちが何らかの厄介事に巻き込まれたのだと察知できた。
――と、その直後だった。紫月が男たちをねじ伏せて、冰は女を連れてその場から逃げ出して行く姿が確認された。別のカメラの映像には店内を走り抜ける様子もしっかりと映っていた。だが、残念なことにここでも後ろ姿だけで肝心の顔は確認できない。時刻は店員が証言した通りで、八時半頃であった。
「この映像を拝借できますか?」
李がすかさず訊くと、店長は『どうぞ』と言って快諾してくれた。
「これを劉に送って男たちの割り出しを急ぎます。それと共に周辺の監視カメラから行き先を追えるところまで追ってみますので――」
李は映像を送り終えると、一足先に社屋へと戻って行った。
残った周と鐘崎は、李からの解析を待って実際に冰らが通ったと思われる道筋を辿ってみることにする。その結果、彼らが川べり付近まで走って逃げたことが分かってきたが、そこから先の足取りは掴みきれなかった。
一先ず社に戻ることにして、防犯カメラの映像からガラの悪い男たちの素性を突き止めることを急ぐ。店内での様子から、彼らが広東語で会話しているのだろうことまでが明らかになってきた。
「どうやら目的は女のようだな。男の一人が紫月らに向かって『てめえらに用はねえ』と言っていることだけがはっきりと分かる。広東語ということは――こいつらは香港から女を追って来たってことか」
では何故、冰と紫月は女を連れて逃げたのだろうか。
やさしく人の好い性質の冰のことだ。単にか弱い女が一人、男たちに襲われそうになっているのを見逃すことができなかったというわけか――。それとも、この女が少なからず捨て置けない存在であると知ったからなのか。
女は、やはりどこかで自分と繋がりのある相手なのかも知れない――周はそう思い始めていた。
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