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恋敵19

「失礼。話がよく読めないんだが、いったい彼女が横領したというのは幾らなんでしょう?」  すると、驚くような金額の答えが返された。 「ふ、こんなことを暴露しては我が社の恥とも言えるがね……」  それは日本円にして五千万円ほどの金額だった。 「マジかよ……。けど、いくら何だって女が一人でそんな金額をどうこうできるものですかね?」  彼女は経理を担当していたというが、それほどの金額が使徒不明に動かされていることに気付かない会社というのもどうかと思ってしまう。第一、彼女本人から聞いた話によると、服や鞄などの身の回りの物を揃えたかったということだったが、それだけの為にそこまでの大金に手を出す必要があるだろうか。まあ、住む家もそれなりのところを望んでいたようだから、家まで購入したとするなら満更嘘ではないのかも知れないが、かなり度胸のいいことである。横領自体が事実だとしても、彼女の他にも共犯者がいるのではないだろうか。紫月はそう思っていた。  すると、予想を肯定するかのように女が話に割って入ってきた。 「アタシは……横領をしたつもりはないわ! お金は……専務の(ディン)さんから報酬としていただいたものよ! ちゃんとした正規のお金なんです!」  またえらく話が食い違うようなことを言ってのける。すると、社長の方はそれこそ寝耳に水だと言って反論を繰り出した。 「ふざけたことを抜かすな! 専務の丁はお前さんが我が社から行方をくらます少し前には既に定年退職となっている。その彼が一社員のお前にそんな大金をくれてやるわけがないだろう! いい加減なことを言うんじゃない!」 「いい加減じゃありません! アタシは……丁さんが定年になる時にもらえる退職金の中から、アタシに五千万円をくれるっていうから……。そういう約束で……ずっと……この七年の間、あの人の愛人として耐えてきたんだから……!」  女は驚くようなことを暴露してみせた。 「愛人だと!?」 「そうよ! あんな年の離れた……父よりも年上のような専務と……嫌々付き合ってきたのもすべてお金の為よ! あの人が退職する直前に会社の口座からお金を動かすように言われて、その通りにしたわ。それが約束の五千万円だって丁さんは言った。好きに使えばいいって! だからアタシは横領なんかしてない!」  女は声を嗄らしながら必死に弁明を叫び続けた。  要するにこういうことだろう。女は金の為に専務という男の愛人を続けてきた。その報酬として彼の退職金の中から分け前をもらう約束で、専務も表向きではそれを守ったと思われる。だが、その方法に問題があったということだ。  おそらく専務は退職と同時に女に会社の金を不正に動かさせて、自分がもらえる退職金は確保しながら彼女には会社の金を着服させるという形で補おうとしたのだろう。実にずる賢いやり方といえる。  万が一、着服がバレても、実際に金を動かしたのは彼女である。知らぬ存ぜぬで逃げおおせるつもりだったのかも知れない。

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