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恋敵28
時刻はそろそろ昼になろうとしている。紫月は時計を確認すると、張に一報を頼むことにした。
「張大人 。すみませんが、周焔宛てに電話をお願いできますか? 俺たちはちょっと訳ありでして、先程いたホテルのラウンジで一緒だった男性の部下が見張り役として後を付けて来ているんです。お手数を掛けて恐縮ですが、伝言をお願いできますか?」
「キミたちも何か事情を抱えていそうだね? 俺も気が付いていたが、ホテルから尾行が付いているだろう? 実はさっき、キミらが見知らぬ男性と一緒だったんで、ヘンだと思っていたんだ。雪吹君の側には周焔さんも見当たらなかったしね」
張は詳しく突っ込んで訊くことはしなかったが、周家は香港を仕切るマフィアである。他人には言えないところで訳ありの火種を抱えていることも考えられると踏んだのだろう。手放しで理解してくれたようで、周への連絡も快諾してくれた。
「ありがとうございます。では現在俺たちが張さんといることと、今夜のカジノでの計画、それから”唐静雨”という名前を伝えてください。それで周はおおよその事態が把握できると思います」
「分かった。周焔さんにはすぐに伝えよう。私はこれから理事会の重鎮方に今夜のことを知らせに回らなければならないが、変装用具の買い出しなどには車を出すし、資金も調達しよう。キミらを手伝う人員も必要なだけ付けるんで、他にも何かあれば部下たちに遠慮なく申し付けてくれ」
「ありがとうございます」
そうして張と一旦別行動となった後、冰と紫月は例の社長の部下たちの監視の下、これからの予定を決めることになったのだった。
「さてと! これからどうしようか」
紫月が訊くと、冰の中では既におおよその計画が出来上がっている様子だった。
「そうですね。先ずは買い出しに出掛けましょうか」
「変装用に必要な物を買い揃えるわけな?」
「ええ。ちょっと入りにくいですが、女性用の服に靴、それから化粧品とウィッグを探しに行きたいと思います」
「女性用? もしかしてまた俺の女装の出番ってか?」
紫月は苦笑ながらも半ば期待顔で訊いた。以前、周のカジノでモデルのレイ・ヒイラギの連れとして女装した経験を思い出したからだ。
「いえ、今回は俺が女になります」
「冰君が――か?」
紫月はますます期待満々だ。
「一応、この業界ですから。万が一にも俺がディーラーをしていた時の知り合いなどがいないとも限りませんし。それに後々のことを考えたら、俺も紫月さんも”面”が割れない方がいいと思うんですよ。別人になりすますには女性の方が楽だと思って。何せ、ウィッグひとつで印象がだいぶ変わりますから」
確かに一理ある。
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