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恋敵56
周と鐘崎は今回の経緯を報告がてら、父と兄と共に広間で世情話を始めている。その間、冰と紫月は母親の香蘭に誘われて、季節の花が美しく咲き誇る中庭を堪能していた。
「今はね、ちょうど薔薇が見頃なのよ」
そういえば春季の薔薇が咲く時期である。
「こちらのお庭は本当にたくさんの花が植えられているんですね! 前に伺った時は椿が綺麗でしたし」
「だよな! 椿といえば遼の肩に入ってる彫り物と同じだなって思ったのを覚えてるわ!」
冰と紫月が花々を楽しんでくれている様子に、母の香蘭も嬉しそうに微笑んでいた。
「でも冰、今回は本当に大変だったわね。旦那様と風からチラッと経緯を聞いたんだけれど、焔の大学時代の後輩の女の子があなたを訪ねて行ったのがきっかけで事件に巻き込まれたとか」
息子の昔の女性関係でゴタゴタしたなどと聞いては、母としても心配するところなのだ。
「ええ、まあ……。ちょっとビックリしましたけど、でも紫月さんが一緒でしたし、とっても心強かったんですよ」
「そうね。紫月もいろいろと力になってくれて本当にありがとう」
「いやぁ、とんでもない! 俺がついていながら結局拉致られちゃって、役に立ってんだか立ってねえんだかってところですが。けど、偶然にも一緒にいた時で良かったと思ってますよ。冰君一人で連れてかれてたら、あいつマジで修羅になり兼ねねえですもん」
香蘭にまで礼を述べられて、紫月は照れ臭そうに頭を掻いてみせた。
「ほんとにそうね。焔の側には遼二がついていてくれたし、あなたたちの友情には感謝でいっぱいだわ」
庭先からは暮れ出した初夏の香港の街並みにポツポツと灯りが輝き出すのが見て取れる。もうそんな時刻だ。
「そろそろお夕飯の支度が整う頃だわね。二人共、今夜はたくさん食べて疲れを癒してちょうだいね!」
「ありがとうございます!」
「ここん家のメシは最高に美味いっすからね! 楽しみです!」
朗らかな笑い声に包まれる、そんな三人の姿を邸の窓辺から周と鐘崎が愛おしそうに見つめていた。父や兄との話を終えて、二人は一足先に今夜泊まる部屋で寛いでいたのだ。
「継母 さんもホッとされたようだな」
鐘崎が庭を見下ろしながらそう呟く。
「ああ、まさかあんなに心配してくれていたとはな……。驚きと同時に有り難いことだ」
「なあ、氷川。もしかしたら冰から聞いているかも知れんが――」
「ん――?」
「前回ここに来た時に皆で晩飯をご馳走になった時のことだ。お前は親父さんたちとの話で一生懸命だったろうから聞こえてなかったかも知れんが、あの時お袋さんたち二人が冰に言ってたことがな――」
まず最初に話を切り出したのは周の実母の方だったそうだ。
「焔 にお母さんが二人いるなんて戸惑ったでしょうってな。お前の実母さんにしてみれば、香蘭 さんに対して申し訳ねえって気持ちがあったのかも知れねえ」
つまり、妾の自分がこのような席に呼んでもらえたことを恐縮すると共に、正妻の香蘭への感謝を伝えたかったのだろう。
「その時に香蘭さんがこう言ったんだ。旦那様――つまりはお前の親父さんのことだが――彼に自分の他に大事な女性がいると知った時は正直なところ驚いたし、戸惑いもしたってな。だが、あの頃、若かった自分がマフィア頭領の嫁としていろんなものを背負っていけるのかという不安の中で、同じような立場のあゆみさんがいたことで心強くいられたってな。独特のしきたりや側近たちとの向き合い方なんかで悩んだ時もお前のお袋さんが親身になって相談に乗ってくれたりして、随分と気が楽になったんだそうだ」
「継母 がそんなことを……?」
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