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厄介な依頼人3

 そして週末、鐘崎は清水らを伴って招待された華道展へと向かった。  時刻は午後の二時を過ぎたあたりである。この時間帯なら昼食は済んでいるだろうし、はたまたディナーまでには程よく間がある。食事に誘われるのを避けるにはちょうどいい時間と踏んでのことだった。  一方、娘の方では鐘崎が来るのを今か今かと待ち構えている様子で、始終ソワソワとしながら自らの展示ブースと会場入り口を行ったり来たりと落ち着かない。出展仲間たちとのおしゃべりで気を紛らわせつつも、心ここにあらずといったふうであった。 「繭さん、今回は赤をテーマにされたのね! 薔薇だけで生けるって発想もすごいって皆で噂していたのよ。斬新でとてもいいわ!」 「ほんとね。あなたには珍しい色使いだけど、新しい世界観で素敵だわ」  教室内でも仲の良く、また、同じように財閥系企業の社長令嬢でもある女友達数人にそう褒められて、繭は嬉しそうに微笑んでみせた。 「ありがとう。実は今回、ちょっと知り合いの方をイメージして生けてみたの。他の素材を入れないで薔薇一色にしたのも、その方のイメージからなのよ」 「まあ、そうなの? もしかして殿方だったりして!」 「あらぁ! 繭さんの彼氏かしら? どんな方か見てみたいわ! ねえ、皆さん?」 「ほんとね! きっと素敵な方なんでしょう?」 「この展覧会にもいらっしゃるんじゃないの? 是非ご紹介していただきたいわ」  展示ブースはあっという間に黄色い歓声に包まれる。皆に囃し立てられて、繭も悪い気はしないのか、得意げに頬を染めた。 「でも、赤を使われたってことは、もしかしてご婚約も間近なのかしら?」  女友達の一人がそう呟いたのをきっかけに、ご令嬢たちのおしゃべりは色占いについての話題について花が咲き始めた。 「あら、本当ね。例の色占いでも、確かそう出てたわよね! 赤といって思い浮かぶのは結婚したい相手だって」 「そうだったわね。白が憧れの人でしょ? 他には……何だったかしら?」 「青は恋人にしたい人。黒は良くも悪くも絶対的に服従したい、されたいっていう願望の表れ。紫は性的欲求を感じる人。黄色は苦手な人――だったかしら」 「そうそう! この色占い結構当たってるって、ついこの前もお教室で話題になったものね」 「じゃあ、やっぱり繭さんのお作品は彼氏をイメージして生けられたってわけね!」 「”彼氏”じゃなくて未来の旦那様でしょ?」 「きゃあ! 羨ましいわ」 「ねえ、今回はその方も観にいらっしゃるんでしょ? 絶対ご紹介していただきたいわ!」 「楽しみねぇ。繭さんの旦那様なら素敵な殿方よ、きっと!」  皆からそんなふうに持ち上げられて、繭はすっかり有頂天になっていた。  そんな折だ。タイミング良くというべきか、あるいは悪くというべきか――。鐘崎が清水らを伴って会場へとやって来た。

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