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厄介な依頼人8

「氷川さんっていうのはどういった方なんですの?」 「男性? それとも……女性かしら?」 「野郎です。ガキの頃からのダチでして」  なぁんだ、と少々ガッカリ気味である。 「ハズレることもあるのねぇ、この占い」 「じゃあ、白と青はどういった方ですの?」  鐘崎はどちらも同じく男性の友人だと答えた。まあ、厳密にいうと源次郎は友人という括りではないのだが、そこまで細かく説明する必要もないだろう。 「ああーん、また殿方ですの? つまらないわ」 「ね、ね、それなら紫は?」  実に一番興味があるのはそこである。男前な鐘崎が性的な興味を抱くのはどんな相手なのかと期待大なのだ。 「さっきは上手くはぐらかされちゃったけど、この際、お名前はあえて訊かないわ。ただ、どういった関係の方なのか……くらいは知りたいわよね?」 「粟津の兄様と一緒で、やっぱりお知り合いのママさんとかホステスさんだったりして?」 「それとも……もしかして」  繭さんじゃないかしら? ――と、彼女を取り囲んで大興奮である。  鐘崎のような男がどのように愛を紡ぐのか、愛する者を前にしてどのように雄の本能を剥くのか――その瞬間を想像しただけで堪らないといった調子でいる。 (あーん、いいわねえ……。きっと情熱的よね) (羨ましいわぁ!) (あたくしもそんな殿方と恋をしてみたいわぁ……!)  ヒソヒソ話で頬を染めながらキャッキャと騒ぐ女たちを驚かせるような答えが返ってきたのはその直後だった。 「お前さん方、それを訊くのは野暮というものだよ。遼二にとって”紫”といえば奥方しかいないだろうに」  横から帝斗が冷やかすように割って入ったのに、皆は絶句といったように驚き固まってしまった。 「え……ッ!?」 「奥方って……」 「鐘崎さん、まさかご結婚なさっていらっしゃるの……?」  女たちが驚く傍らで、何も知らない帝斗はおどけ半分に笑ってみせた。 「まあ、僕より先に結婚されちゃったのは悔しくもあるがね。見ての通り遼二はたいそう男前だから仕方ない」 「まあ! 粟津の兄様ったら!」 「兄様は鐘崎さんの奥様ともお知り合いでいらっしゃるの?」 「ね、ね、どんな方ですの?」 「もちろん奥方もそれはお美しいお人さ。美形を絵に描いたようなカップルだよ。披露宴にも出席させてもらったんだけれど、かれこれもう二年ほどになるよね? 僕も早く二人をご招待できるように頑張らないとねぇ」  のほほんとウィンクまで繰り出すおまけ付きの様子に、女たちはあんぐり顔だ。鐘崎が既婚者であるならば、繭との婚約という話は単なる勘違いだったということになるからだ。  だが、繭本人はいかにも気がある素振りだったし、もしかしたら彼女自身も鐘崎が結婚していることを知らなかったのかもしれないと思った。  盛り上がっていたムードが一気に気まづい雰囲気へと染まっていく――。 「あ、あら、もうこんな時間! そろそろ自分のブースに戻りませんと……」 「そ、そうね。アタクシのところもお客様がお見えになるんだったわ。それじゃ粟津の兄様、鐘崎さん、どうぞごゆっくり」 「し、失礼致しますわ……」  誰しも繭に気遣ってか、ソワソワとし出すと、蜘蛛の子を散らしたように各々の展示ブースへと戻っていった。

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