262 / 1208
厄介な依頼人14
「あら、もしかして遼二さんかしら?」
「は、まだお帰りになられるには早いかと存じますが……」
相反して清水の方は額に蒼が浮かび上がる。車を見ただけでそれが鐘崎と周焔を乗せたものだと分かったからだった。
(く……、何と間の悪い。まさかこんなにお早くお戻りになられるとは――)
致し方なく、清水は繭を応接室に待たせたままで、主たちを迎えに出て行った。
「よう、ただーいま! ちっと早えけど」
帰って来ちゃったぜ――と、朗らかな紫月の語尾を取り上げるように清水は早口で出迎えの言葉を口にした。
「皆様、ようこそいらっしゃいませ。いつもお世話に与りましてありがとう存じます! ささ、どうぞ奥へ……」
いつもなら『おかえりなさいませ!』と明るく出迎えてくれるのが、今日は固めの表情で言葉じりも他人行儀だ。加えて、あまりにも慌しい様子で急かすように奥へと促されて、紫月と冰は驚いたように瞳を丸くしてしまった。だが、その直後に清水が鐘崎を掴まえてそっと耳打ちするように何かを告げたのを、周が見逃すはずもなかった。
『若、実は例の三崎財閥のご令嬢がいらしております。先日の華道展の礼だそうです。内祝いとおっしゃるので菓子折は頂戴致しましたが、他にも若に渡されたい贈り物があられるようで……』
話の内容が聞き取れたわけではなかったが、清水からの報告を受けてわずか眉根を寄せた鐘崎の表情で、周には思うところがあったのだろう、
「冰、お前は一之宮と先にお邪魔してろ」
二人にそう告げると、応接室へと立ち寄る鐘崎の後ろ姿を見つめながら清水を引き止めた。
「俺で力になれることか?」
関係のない事案なら、むろん口出しするつもりはないが――周の視線がそう言っているのが清水にも伝わった。
周と鐘崎の仲は清水もよくよく知っている。彼が自分たちの若頭に対して不利益をもたらすような男でないことや、組として関わって欲しくないことに興味本位で首を突っ込む節介者でないことも重々承知している。
「実は……」
清水は先日請け負った仕事相手の娘が鐘崎に熱を上げているようだということをかいつまんで聞かせた。
「若には姐さんがいることもお伝えしたのですが……」
重い溜め息と共に肩を落とす清水の様子に、周もやれやれと眉をしかめてしまった。
「一之宮はそのことを知っているのか?」
「ええ、若はそういったことを隠す御方ではないので、華道展に招待されたことなどは話されていると思います。ただ、万が一、姐さんが逆恨みに遭うようなことがあってはいけないとおっしゃって、姐さんを紹介することは避けておきたいと」
「ふん、なまじイイ男ってのも苦労が絶えんな」
周とて、つい先日似たような件で伴侶の冰と紫月まで巻き込んで拉致されたという目に遭ったばかりである。他人事と冷やかして笑う気にはなれないといったところなのだ。
ともだちにシェアしよう!