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厄介な依頼人21

「そうですか……。ではその男の方とのことは真剣ということですな?」 「その通りです」  社長は『はぁ』と重めの溜め息をつきながら、ガックリと肩を落とした。 「キミほどの男がどうして……と思わなくもないが、まあそれは個人の自由だからな。私が口を出すことではないし、本来は娘が諦めてくれれば一番いいのだと思うんだが……。ただね、あの子も真剣にキミを想っているのは嘘じゃないらしいんだ。こんなことを言って気を悪くしないでいただきたいんだが……万が一キミが娘の気持ちを受け入れてくれたとしてだね。例えば結婚してからもキミがその男の人を忘れられないというなら、彼を愛人として付き合ってくれるのは構わないと……娘はそう言っているんだ」  あまりの言い分に、今度は明らかに眉根を寄せた。なるべくならば穏便に話を済ませたいと思っていたが、こうまで言われれば黙っている筋合いではない。少々荒っぽくはあっても、はっきりと断るが正解と鐘崎は思った。 「三崎さん、申し訳ないが俺はあいつ以外に伴侶を持つつもりは毛頭ありません。あいつを日陰の身にすることは天地がひっくり返ってもありませんし、お嬢さんを娶る気も一切ございません。お嬢さんでなくとも同様です。俺は女房を裏切ることはしませんし、あいつが男だからと恥じる気も隠す気もありません」  これまでとは違って強い口調でそう告げると、 「他にご用件がなければこれで失礼させていただきます」  鐘崎は険しい表情のまま立ち上がると、自らの分の飲み代をテーブルの上に差し出してその場を後にした。  残された社長は、ますますもって重い溜め息と共に、もう止めようと思っていたシガーに火を点けずにはいられなかった。 「……はぁ、上手くいかんものだな」  頭の中には、帰ってから娘の繭に何と言って言い聞かせようかと、それだけでいっぱいになっていた。  そして帰宅後、待っていた繭に今宵のことを正直に話して聞かせた。 「鐘崎君のことはもう諦めなさい。彼の気持ちはどうあっても変わらないようだ。お前もいつまで他人様の御亭主にこだわっていないで、自分に合った殿方を見つけなさい。何ならパパが誰かいい人を探してやってもいいぞ?」  だが、繭はまるで聞く耳を持たない。それどころか当たり散らすように食って掛かった。 「嫌よ! そんなの絶対に嫌! アタシは鐘崎さんがいいのよ! あの人じゃなきゃ絶対に嫌よ!」 「繭! 確かに彼はいい男だし、お前が惹かれるのも分かる。だが、世の中の男は彼だけじゃないんだ。それに……正直なところを言ってしまうと、彼の家はいわば極道だ。私も仕事を依頼した身だし、極道が悪いとは言わないが、親としてできればお前には普通の家庭に嫁いでもらいたいと思うのも事実だ。彼のことは諦めて、他にいくらでもいい人がい……」

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