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厄介な依頼人26

「つまり、男か女かも分からねえってことか。それで要求は何と? 身代金などの具体的なことは言われましたか?」  鐘崎がひとつひとつ丁寧に状況を尋ねていく。突然の事態に遭った相手を落ち着かせながら、ギリギリまで詳しく的確な情報を聞き出す為だ。ところが、その要求の内容に驚かされる羽目となった。 「そ、それが……み、身代金は一千万。現金で揃えてホテル・グラン・エーのスイートルームに届けろと」 「グラン・エーだと? 粟津の家が経営してるホテルじゃねえか……」  しかもスイートルームとは、これまた珍しい趣向だ。普通、身代金の受け渡しにそんな場所を選ぶだろうか。それ以前に、財閥令嬢を誘拐しておきながら一千万という金額も少ないように思える。鐘崎と周は眉根を寄せながら互いを見合ってしまった。 「何だか胡散臭え話だな。それで、金はおたくが持って行くってわけか?」  周が横からついそう口を挟んでしまったのだが、その後に続いた社長の返答で更に驚かされることとなった。 「いや、それが……身代金は鐘崎君、キミに届けて欲しいということなんだ」 「俺に――ですか?」  ますますおかしな話向きに、怪訝にならざるを得ない。  だが、社長の様子から見て怯えてパニックになっているのは演技とも思えないし、嘘をついているようにも取れなかった。 「か、金は用意できています……! 鐘崎君にはご迷惑を掛けてすまないと思うが……どうか助けてくれないだろうか……! この通りです! 頼みます!」  ソファから降りて床に頭を擦り付けながら懇願する様からも、本当に衝撃を受けているのが分かる。胡散臭いところは多々あるが、どんな事態なのかを把握する為にも、とにかくは引き受けるしかないだろう。もしかしたら、何かの勘違いから鐘崎と繭が親しい関係にあると思い込んだ誰かが、鐘崎目当てで引き起こした犯行でないとも言い切れないからだ。常にあらゆる事態を想定するのはこの職の基本である。 「分かりました。俺が届けましょう」  鐘崎が承諾すると、 「鐘崎君……! ありがとうございます! ありがとう……! あの子を頼みます」  社長は涙を流して手を擦り合わせた。 「遼、俺も一緒に行くぜ」  紫月がそう言ったが、 「いや、俺が行こう。一之宮と冰はここで待っていろ」  すかさず周が申し出た。鐘崎もその方がいいとうなずく。 「ここは氷川の厚意に甘えるとしよう。清水、お前も同行してくれ。それから源さんにも伝えて、この邸にも万が一に備えての警備体制を敷いてもらう」  つまり、鐘崎を外に誘い出した隙に紫月や冰が狙われるという危険性に備える為だ。実に鐘崎にとっては、こちらの方が大事であった。 「かしこまりました。すぐに手配を」  清水が部屋を出ていったのを見送りながら、鐘崎は粟津帝斗にも連絡を入れた。 「粟津がいれば部屋はマスターキーで開けられる。必要に応じて隣室からのアプローチも可能だ」

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