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厄介な依頼人42
「ごめん……なさい! あなたが羨ましかったの……! 遼二さんに一目惚れして……でも全然相手にしてもらえなくて……苦しかったの! ホントは分かってたの。あんな素敵な人がアタシなんかに振り向いてくれるわけないって。でも諦められなくて……どうにかしてあの人と接点を持っていたくて……わざと困らせるようなことして、自分でも悪いことだって分かってたけどとめられなかったの……!」
まるで子供のように泣きじゃくる繭を見つめながら、紫月は瞳を細めうなずいていた。
「好きになったのは遼二が初めてだったのか?」
「……ん、初めてってわけじゃない。でも……こんなに大好きって思ったのは……うん、初めてだったわ……。でも誰も分かってくれない……。パパだって諦めろって言うだけで、終いには全部アタシが悪いって怒り出すし、友達には彼氏って誤解されたまま……違うって言う勇気が持てなくて、何とかして本当に彼氏になってもらわなきゃみっともないって思って焦っちゃって……。家でも外でも居場所がなくなっていくのが怖かった。こうなったらどんな手を使っても遼二さんを振り向かせるしかないって……そうすれば皆が認めてくれると思ったの……」
「そっか。辛かったな?」
「どんなふうに思われても良かったの……遼二さんと少しでも繋がっていられるなら、例え嫌がらせでも悪いことして困らせても、怒られても良かったの。でも……あの人は怒ってもくれなくて……。無視されるのが怖かった。自分の我が侭でかじり付いていたのはアタシなのに、あの人がアタシを無視したり嫌ったりするのは……全部奥さんのせいだって逆恨みしちゃって……まだ見たことのないあなたを憎むことでしか自分を保てなかったの……」
「そっか。でも今はちゃんと気付けたんだよな?」
皆に迷惑をかけたことも、たくさんの心配をかけたことも。そして、恋のときめきも苦さもきちんと受け止めて、現実から目を逸らさないことも。ちゃんと分かって受け止められる勇気が持てたんだよな?
やさしく細められた紫月の瞳がそんなふうに言っているようで、繭はコクコクとうなずいた。
「ん、うん。本当にごめんなさい。バカだわ、アタシ……どうしようもない大バカだわ」
涙を拭いながら繭は言った。
「あなたを好きになればよかった……。最初に出会ったのが遼二さんじゃなくて、あなただったら……よかったのに」
際どい台詞だが、これまでのように鐘崎に固執していたような負の感情とはまるで違う。少し照れ臭そうにはにかみながらそう言った彼女の笑顔には、つい先程までの澱みも曇りもない年相応のチャーミングな女性の一面が垣間見えた。
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