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厄介な依頼人47
いつものように有無を言わさず我が物顔で奪ってしまいたい欲望と、いくら欲すれども決して自分には踏みにじることの許されない、手を触れることさえためらってしまうような尊さが怖くもあって――
「堪らない気分なんだ……。愛しいだけじゃねえ――今のこの気持ちを……どう言やいいのか……分からねえ」
それほどまでに、どこまでもどこまでも果てしなく――
「お前を愛している――。お前を尊敬している。お前が誇りだ。お前が唯一無二だ。お前だけが俺の――」
命そのものなんだ――!
愛しい者を見つめる鐘崎の瞳は、確かに愛しい者を捉えながらも、もっともっとその先にある尊いものに甘えるかのように儚げに揺れていた。
「バッカ……遼。てめ、いきなりンな歯の浮くようなこと言いやがって! 照れるじゃねっかよー……」
「だが本心だ。俺はお前に甘えてばかりだ。好きだの愛してるだの言いながら、欲望のままにお前を貪ることで安心してるガキそのものだ」
「何、急に……。お前らしくもねえ」
「好意を寄せてくれた娘一人も上手くあしらえねえで、結局はお前に頼りきりの始末だ。あの娘に対しても少なからず傷つけたことに変わりはねえし、お前のようにデカい心で接してやることもできなかった」
胸元に頬を寄せながら自らの非力さに落ち込む様子はまるで甘えん坊の少年のようだ。紫月はそんな亭主の逞しい肩を両の腕で抱き包み、そっと髪を撫でた。
「いんだよ、お前はそれで。好いてくれた相手の気持ちに全部応えられるわけじゃねんだ。そーゆーのは俺の役割だ」
「……情けねえ亭主にそんなふうに言ってくれんのはお前だけだ」
「ンな卑下すんなって。お前は情けなくなんかねえ。俺にとっちゃ最高の亭主なんだからよ。まあ、無えとは思うけど、逆に俺が誰かに好かれて断れないでいる時は、お前が手を差し伸べてくれりゃいんだからさ」
「紫月……本当にお前ってヤツは……」
「ま、俺たちゃ夫婦ってヤツだからさ。お互い様さ」
「紫月、甘えさせてくれ……。ずっとずっと、お前のこの胸で俺を。いつまでも……」
そう、いつまでもいつまでも永久に。
「ああ、いいぜ。とことん気の済むまで甘えろよ……。俺も……そうさしてもらうから」
「紫月……!」
こんなにも愛しい気持ちがあるだろうか。
こんなにも甘やかでやさしくて大きくて。切ないほどに、目頭が熱くなるほどに今この瞬間が幸せで堪らない。溢れる想いのままに、鐘崎は紫月を抱き締めた。戸惑うように唇を重ね、髪の一本から爪のひとかけらまであますところなくすべてを委ね合う。
「……結局……貪ることしかできねえ。どんなに肌を重ねようがまったく足りねえ……。紫月、お前の中に溶け込んで混ざって、二度と離したくねえくらいだ」
「バッカ、遼……」
「事実だ」
どんな言葉で紡ごうが、どんな愛撫で塗れようが表しきれない想いもあるのだと知る。それほどまでに欲してやまないこの恋心が怖いくらいだ――!
「好きだ――紫月」
「ああ……俺も」
天心に輝く月が、やがて胡粉の色になって西の空に溶け込むように、二人は止めどなく互いを慈しみ合い、甘え合ったのだった。
◇ ◇ ◇
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