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厄介な依頼人49

 世間から見れば確固たる形がないということは、イコール気持ちもないという見解で受け取る者もいるのだということを実感したわけだ。三崎社長との話の中でそういった見方もあるのだと気付いた感が大きい。 「今のこの国の法律では俺たちのような同性同士の婚姻は認められていない。籍を入れるといっても、お前には親父か、もしくは俺と養子縁組をしてもらうという形しかねえわけだが……。それでも籍が一緒になれば、世間的にもより一層本物の伴侶と胸を張れる。例えば遺産なんかについても今より自由がきくだろう」 「遺産ってお前……今から縁起でもねえこと抜かすなよ、おい……」  紫月は苦笑したが、鐘崎の言いたいことはよくよく理解できるのだろう。穏やかに微笑むと、鐘崎にとっては驚くようなことをつぶやいた。 「まあ、でもお前がそうした方がいいって思うなら……俺は構わねえよ。それに、俺ン親父もそのことについてはだいぶ前から気になってたようだしな」 「親父さんが……か?」 「ああ。俺らが伴侶として生きるって決めた時に籍はどうするんだって言われたんだ。親父としてはどっちでも構わねえと思ってたようでな。ただ、遼が親父の気持ちを考えて、籍は一之宮のままにしてくれていることもちゃんと分かってる。気遣ってくれていることに感謝してるって。時期がきて、遼と俺が必要だと思った時には好きにしていいってそう言ってた」  鐘崎は驚いた。まさか紫月の父親がそんなふうに寛大な心で見てくれているとは夢夢思わなかったからだ。 「そうだったか。親父さんがそんなことを……」 「ま、そんなワケだからウチのことは気にすんな。お前がいいと思うタイミングで入籍するなら俺に異存はねえし、親父にも俺から伝えとくからさ」 「いや、それは俺からお願いに上がろう。俺の親父も来週には海外での仕事を終えて帰国する。親子揃ってお前のご実家にきちんとご挨拶に伺わせてもらいたい」  鐘崎は、感激と共に覚悟のある表情で紫月を見つめた。 「紫月、ありがとう。改めてだが、これからの生涯を俺と共に生きてくれ」  深々と頭を下げてそんなことを言う鐘崎に、紫月も感慨深い眼差しでうなずいたのだった。 ◇    ◇    ◇  次の週、鐘崎は父親の僚一が海外出張から帰国するのを待って一之宮家へと出向いた。正式に紫月を鐘崎の籍に貰い受けたいと願い出る為だ。  鐘崎自身も父の僚一も、黒の紋付袴の正装姿で現れたのに驚かされた一之宮家の面々だったが、かくいう紫月の父親もシックな和服姿で出迎えたことから、双方の真摯な気持ちが窺える一幕となった。  紫月自身は洋装ながら、それでもきちんとしたスーツを着込んで緊張顔だ。住み込みで道場を手伝ってくれている綾乃木も控えめな準礼装といった出立ちで、茶菓子などを振る舞う係を買って出てくれた。

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