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極道の姐52

 金を動かす役を兄に押し付ければ、ロンたちに怪しまれることなく救出作戦を伝えられるからである。  だが、冰は何故かスマートフォンの画面を兄には見せずに、再び銀行口座の画面に戻して、今度は静雨とロンにも見えるようにしながら舌打ちをすると、高飛車な態度でこう言い放った。むろんのこと日本語で――である。実にここからの言動がまさに冰が日本語へと切り替えた理由だったのだ。  今までの怒り任せの地団駄から打って変わって落ち着き払った口調で冰はこう言い放った。 「あんまりふざけてやがると本当に(タマ)を取るぜ! アンタだけじゃねえ。こっちの兄貴のタマも一緒にもらう。これは脅しなんかじゃねえ。てめえら兄弟まとめて地獄へ送ってやる!」  二人へと交互に銃口を向けながらドスのきいた脅しをかます。その指には鈍色のマグナムには不似合いなほどに神々しく透けて輝く琥珀の大きな指輪がキラキラと輝いていた。父の隼から託されたファミリーの象徴だ。むろん兄弟はすぐにそれに気がついたのだろう。  すると、兄の風が冰に向かって白旗をあげるべく、素直な言葉を口にした。 「分かった。言う通りにしよう。弟がアンタから巻き上げた金は返す。ログインコードを教えるからそれで勘弁してはもらえまいか」  いよいよ金が返ってくると知って、ロンも静雨も期待に胸を逸らせる。いつの間にか目的は報復から金を取り返すことへと比重が動いているようだ。冰はうなずくと同時にこう付け加えた。 「ふん、何だかんだと言っても二人共(タマ)は惜しいってわけだな? 言っておくが下手な考えを起こすんじゃねえぜ。こちとら、ここマカオではあんたらよりも地の利に長けてんだ。しかもここはマカオの中でも一等複雑なスラム地帯だ。金を返したと同時に逃げようったってそうはいかねえからな! 外へ出た途端にてめえらは袋小路さ」  小馬鹿にするようにしゃべくりながらも、今いるこの場所がマカオだということを知らせる。睡眠薬で眠らされたまま連れて来られた兄弟に現在地を教える為だ。それと同時に、”命”というところと”地の利”という箇所で指にはめた琥珀を強調するように兄の風に見せつける。その仕草から”命”はイコール弾丸、”地の利”は血糊と訴えようというわけだ。  周にしたように兄にもスマートフォンに書かれたメモを見せれば話は早いのだが、万が一にもロンらに怪しまれては破滅である。冰は念には念を入れてこういった方法を取ったわけである。  これまでにも冰が幾度となく演技や暗号で窮地を乗り越えてきたことを知っている風にもその意は伝わったのだろう。彼がわざわざ日本語に切り替えた意味がなるほどと理解できた兄は、唇に薄い笑みを讃えて了解の意図を示すと、さも本物らしき適当なログインコードを口にした。  冰は言われた通り画面を操作するフリをしながら、満足そうに微笑んでみせた。 「うわ! マジかよ……! 本当に開きやがった! やっぱり命には代えられねえってか!」  風が言ったログインコードは本物で、無事に口座にアクセスできたことを強調する。

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