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極道の姐66
「ああ、しょーもねえことだらけだ。俺はお前がいなきゃ何もできねえ……。今回のサリーのことにしたって、もっと前からお前がしたように向き合ってやれれば、あいつにも手を汚させずに済んだろうによ」
情けない顔つきでそんなことを口走った亭主に、紫月は思い切り瞳を細めては慰めるように髪を撫でた。
「お前はしょーもなくなんかねえよ。サリーちゃんのことは……さっきは切羽詰まってたし、口先だけでご尤ものようなこと言っちまったが……実際彼女の立場になったら俺だって焦れて悩むと思う。今でこそお前とこうしていられるが、それまでは気持ちを打ち明けることすら散々ためらってた意気地なしだ。カッコいいこと言えた義理じゃねえなって思ってよ」
確かにそうだ。互いの想いを胸の内に秘めて、どちらから言い出すこともできずに長い年月を過ごしてきたのだ。
「あのさ、遼……」
「ん?」
「俺……サリーが店を出すに当たって、開店祝いの花くれえは出してやりてえと思うんだけど、どうだ? もち、後見ってなると他にも利害やら他所との体面やら絡んでくるだろうから無理があるとは思うが、花くらいは……と思ってさ」
花が出れば、当然客たちの目にも鐘崎組の名が触れる。正面きっての後見ではないにしろ、バックには鐘崎組が好意的な立場で付いていると認識されるだろう。それだけでやたらなちょっかいも減るだろうし、開店に華を添えてやれると思うのだ。
「まあ、これは組の体面もあるから、まずは親父に訊いてからとは思うけどさ」
そんな紫月の気持ちが鐘崎には有り難く思えてならなかった。
「そうだな。サリーの門出だ、俺たちのできる範囲で祝ってやれればと思う」
本来ならば、自分の亭主を横恋慕され掛かったようなものだ。サリーに対して嫉妬や負の感情を抱いていてもおかしくないともいえるのに、紫月は彼女の立場に立ってそんなことを考えてくれる。鐘崎が愛しく思わないはずはなかった。
「お前には……何から何まで理解してもらい、手助けしてもらって……正直なところ礼の言葉もねえ。俺もお前に恥ずかしくねえ亭主でいねえとな」
「バッカ……何、急に……」
「本心だ。俺はつくづく幸せ者だと思う。お前のようなでっけえ心を持った姐さんを娶ることができて、こんな贅沢はねえよ。情けねえところも多い亭主だが、これからも末永くよろしく頼むぜ、姐さん」
「……ッ、いきなしンなマジんなって……照れるじゃねっかよー」
「ん、照れたお前も可愛い。可愛くて愛しくて仕方ねえ。だが、それ以上に尊敬の念でいっぱいだ。お前をいつまでも可愛いと言ってこの腕に抱いていられるよう、俺も精進したい」
「バッカ……遼」
未だ甘えるように胸元で髪を梳かれながら、鐘崎は愛しい想いを噛み締めるのだった。
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