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周焔の香港哀愁2
「じいさん、あんたに嘘は通用しそうもねえから本当のことを言うが、俺が妾腹だというのは変わらねえ事実だ。ファミリーは分け隔てなく俺を家族として扱ってくれるが、正直なところ親父の後継は二人もいらない。それが現実だ。兄貴は兄弟で力を合わせて一緒にやっていこうと言ってくれるが、それを快く思わない連中がいるのも本当のところでな。これまで恩義を掛けてくれた家族の為にも、俺は香港から離れて、外から力になれる人生をいこうと思っている」
「左様でございますか……」
少し力なく思える声音が、『お寂しくなりますな』と言っているようで、周は瞳を細めた。
「心配には及ばん。日本に行っても変わらずに援助は続けさせてもらうと約束する」
「そんな……滅相もございません! これからは大人 の門出でございます。異国の地で一からのご出発、何かとご苦労も多ございましょう。私共はもう十分過ぎるほどのご厚情をいただいております! どうかこれからは私共のことはお気になさらず……ただ……お身体だけはお大切になされてくださいまし」
それが老人の本心なのだろう。これでもかというくらいに身を縮める様子が心の内を物語っていた。
「じいさん、――ひとつ頼みがあるんだが」
「は、何でございましょう」
「縁起でもねえことを言うわけじゃねえが、もしもあの坊主が一人になるようなことがあったら――だ。今はまだあんたもこうして健在で何よりだが、何らかの事情でそれがままならなくなる時がくるかも知れねえ」
「――はい」
老人はこの時既にかなりの高齢であったから、周の言わんとしていることをすぐに察したようだ。
「ご覧の通り、私もいつお迎えが来てもおかしくない年齢です。私亡き後もあの子が路頭に迷わず暮らしていけるように貯蓄だけは残しております。それこそ周大人 からご支援いただいた莫大なな財産もそっくりあの子に渡せるようにと日頃から準備は整えてございます。まだ子供ですので、あの子に代わって贈与の手続きなどが滞りなく行われるように、信頼のおける弁護士にも頼んであります」
「そうか。あんたは本当にあの坊主を大切にしてくれているんだな」
「いえ、それもこれもすべて周大人 がご厚情を掛けてくださっているお陰です!」
「なあ、じいさん。あんたに万が一のことがあったら……その時は俺があの坊主を引き取りたいと思う」
「え……?」
さすがに驚いたのか、老人が瞳の皺を掻き分けるくらいに大きく見開いた目で周を見上げた。
「日本で一から起業するといっても、俺には親父が手助けしてくれた元手もある。小さな貸しビルからのスタートだが、既に親父から大口の取引先なども口利きしてもらっていて、在学中からぼちぼちと仕事の方にも手をつけているんだ。本格的に起業し、必ず繁栄させてみせる。だからもし、万が一の時は坊主に俺を頼ってくれるよう伝えておいてくれないか」
「周大人 ……」
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