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漆黒の記憶10

「よし、じゃあ風呂に入って休むとするか」  周は自分の部屋のバスルームへと冰を連れて行った。 「うわぁ、大きなお風呂!」  冰の感嘆の声がバスルームの壁に反射してこだまする。 「気に入ったか?」 「うん、何だか映画に出てくるみたいなすごいお風呂だね! 僕はここにも入ったことある……?」 「ああ。毎日入ってたぞ。ここと、お前専用の部屋の方で入ることもあったな」 「僕のお部屋まであるの?」 「ああ。後で案内してやる」  周は冰を座らせて背中を流してやりながら、傷の具合などもチェックしていた。 「内出血があるな。痛むか?」 「うん、少し。でもすごく痛いとかはないよ」 「そうか。幸い外傷はないみてえだが、少しでも痛えところとかがあれば遠慮せずに言うんだぞ?」 「うん」 「よし、身体は洗ったから先に湯船に浸かってろ。俺もすぐに入る」  泡を流してやり湯船へと連れていこうとすると、冰は自分にも背中を流させて欲しいと言った。 「今度は僕がお兄さんの背中を洗ってあげる番。いつもじいちゃんと交代で流しっこしてたんだよ」 「そうか。じゃあ頼むかな」  周が背中を差し出すように座ると、驚いたような声が再びバスルーム内にこだました。 「わ……っ! すごい綺麗な絵……! お兄さんの背中に龍の絵が描いてあるよ」  彫り物を見て驚いたのだろうが、冰は怖がるよりも先にそれを綺麗だと思ったようだ。 「これ、泡で消えちゃわないの? 落としちゃったらもったいない感じ……」  泡立てたタオルを握ったまま背中の彫り物をじっと見つめている。大きな瞳をクリクリと見開いて小首を傾げている仕草が本当に可愛く思えて、周は思わず笑みを誘われてしまった。 「大丈夫だ。これは刺青といってな。洗っても落ちねえものなんだ」 「刺青? じゃあお兄さんはヤクザさんなの?」 「ほう? お前、難しいことを知ってるんだな。ヤクザが分かるのか?」 「うん、日本の映画で観たことがあるもん」 「黄のじいさんと一緒に観たのか?」 「ううん、お父さんが生きてる頃にたまに観てたの。お母さんは『またそんなの観てー』ってブツブツ言ってたけどさ。長ーい刀っていうのをブーンって振り回して、着物のおじさんが悪い人をやっつけるやつ! カッコよかったなぁ」  着物に刀といえば時代劇の任侠ものあたりだろうか。生前の父親が観ていたものを目にしたのだろう。 「ホントに綺麗……! 映画で観たのよりお兄さんの刺青の方が全然カッコいいね! 僕も大きくなったらやってみたいなぁ」  さすがにそれは推奨するところではないが、怖いとか嫌悪の感情ではなく綺麗だと言ってくれる冰の気持ちが周にとっては嬉しいものだった。

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