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漆黒の記憶12
「俺には兄貴がいるんだが、兄貴の字は黒龍という。背中には俺と同じように龍の刺青があってな。字と同じ黒い龍だ。親父は黄龍といって、やはり背中には黄色い龍の刺青が入ってるんだぜ?」
「へえ……すごい! カッコいいんだね! お父さんとお兄さんもこのお家にいるの?」
だったらご挨拶しなくちゃと小さな声で呟くところがまたまた可愛いらしい。
「親父と兄貴は香港にいる。この家には俺と――さっき会った真田や鄧先生たちが住んでいるが、普段頻繁に顔を合わせるのは数人だろう。皆、お前とも親しい仲だし、怪我で記憶が失くなってしまっていることも知っているからな。話し方だって今のままでいいし、遠慮も心配もまったくいらねえぞ」
「真田さんはさっきご飯の時にいろいろ親切にしてくださった人だよね。鄧先生もやさしかったよ。それに……さっきお兄さんと一緒に僕のところに来てくれた人たちも僕のことを知ってたの?」
「ああ、李と劉か」
「李さんと劉さんっていうんだ?」
「そうだ。二人ともお前とは毎日顔を合わせてたぞ。メシもしょっちゅう一緒に食ってた」
「そうなんだ……。僕、何も思い出せなくて」
「慌てる必要はねえ。俺の側で何も心配せずにのんびり構えてりゃ、その内自然に思い出せる時がくるさ。もしも思い出せなくても、俺も皆んなもお前と今まで通り一緒に暮らせるだけで満足なんだからな」
やさしく髪を撫でながら微笑んでみせる。冰は有り難いと思う反面、これほどまでに思いやってくれるこの”漆黒の人”と自分とはどういった間柄だったのかを不思議に思ったようだった。
「ねえ、お兄さん……。僕は毎日お兄さんと暮らしながらどんなことしてたの? 大人になってるんだから学校……には行ってないよね? お仕事とかしてたのかな」
「お前は俺の秘書をしてくれてたぞ」
「ひしょ?」
「ああ。セキュレタリーだ。俺の会社はこのビルの隣にあるんだが、連絡通路という廊下でつながっていてな。歩いてすぐだ。お前は毎日俺と一緒に出社して、コピーを取ってくれたり書類を届けてくれたりな。他所の会社に打ち合わせに行くこともあるんだが、その時も李や劉と一緒にお前も付いてきてくれて、帰りに皆んなで昼飯を食ったりするんだ」
「へえ……そうだったんだ。僕、ちゃんとお仕事できてた?」
「ああ。しっかりやってくれたぞ。お前は几帳面だし、書類の整理なんぞも上手かった」
「少しは役に立ってた?」
「もちろんだ! お前がいなきゃ社が回らねえってくらいに貴重な存在だ」
「そっかぁ、良かった。僕もちゃんとお仕事できる大人になれてることが分かってちょっとホッとしちゃった。だってさ、じいちゃんがいつもきちんとお仕事できる立派な大人にならなきゃいけないって言うからさ」
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