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三千世界に極道の華20
その後、男の言った通りに夕膳が運ばれてきたが、なかなかに豪勢で驚かされた。
「いったいどうなっていやがる――。おかしな世界に来ちまったもんだな」
レイが呆れ顔で溜め息まじりだったが、他の皆もほぼ同様である。
「とにかくジタバタしたって始まらねえってことですよね? とりあえずのところはおとなしく言うことを聞くっきゃねっか……」
紫月が懐から煙草を取り出して火を点けると、レイも一本くれと言って一服タイムが始まった。その間、源次郎と春日野は部屋の中をウロウロと動き回っていたが、何も闇雲にそうしていたわけではない。
「ふう……。どうやら盗聴器の類いは見当たりませんな。監視カメラのような物もとりあえずのところ無いようですし、真新しい木材の匂いといい……察するにここはまだ本当にできたばかりの建物なのかも知れませんな」
さすがは源次郎である。セキュリティとプライバシー関連をいち早く探索して歩くところは抜かりがない。
「わ! もうそんなトコまで調査したってか? さすがは源さんだぜ!」
「さっきスマートフォンは取り上げられたって話だったが、源次郎氏は普段からそういった機器を身に付けていらっしゃるわけか?」
紫月とレイが感心顔でいる。
「ええ、まあ。持ち歩けるタイプなので機能は限られていますが、性能はある程度信頼がおけますぞ」
「ほう? さすが大したものだ」
一服を終えたレイが立ち上がって部屋の障子を開けると、紫月もそれに続いた。外は相変わらずに雅やかな世界が広がっている。方々から聞こえてくる琴や三味線の音もそうだが、何となく街全体から粉白粉の淡い香りが五階のここまで漂ってくるようなのだ。
「今頃は遼と氷川の方でも心配してっだろうなぁ……」
外をぼんやりと見やりながら無意識といったふうにつぶやく。
「だろうな。奴らのことだ、既に動き始めているに違いねえが、さすがのあいつらでもここを突き止めるには時間が掛かるだろうよ」
「外との通信手段は――客を通してするしかねえってか。まあ、そんな都合のいい客と巡り会えればの話ですけどね」
レイと紫月が雑談する傍らで、それまではおとなしく皆の話を窺っていた冰が口を開いた。
「それよりも男花魁にさせられた紫月さんのことが心配です。花魁の仕事って、お客さんのお酒の相手をするだけじゃない……ですよね?」
確かに遊郭のイメージといえば、”床”の相手をするのは切っても切れないといったところである。冰としてはそれが何より気掛かりなのだ。
「まかり間違っても紫月さんにいかがわしいことをさせるわけにはいきません! それだけは何としても阻止しなきゃ……!」
紫月本人はもちろんのことだが、鐘崎の為にも紫月が客と寝るようなことは絶対に避けなければと思っているわけだ。
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