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三千世界に極道の華45

「よう、色男! めでてえこったな」  男は袖から粋な仕草で数枚の札を引っ張り出すと、頬傷の男に向かって顎をしゃくってみせた。 「こいつぁ、ここで袖触れ合った縁として心ばかりの祝儀だ。お目当ての花魁殿と祝杯の一献ぐれえは上げられるだろう。構わねえから取っといてくれ」 「ふ――粋な心遣い、遠慮なく受け取らせてもらう」  札を拾い上げると、花魁の肩を抱きながら宴の席が用意されている座敷の奥へと向かって行った。その後ろ姿を見送りながら、 「さて、壺振りさんよ。良ければもう一勝負付き合っちゃくれねえか? 何せ俺の目当ては花魁じゃあねえ。あんたと賭場を楽しみにやって来たわけだしな」  白髪の男がそう言うと、丹羽も一緒に付き合うと言って腰を落ち着けた。  参謀の男は既に大枚をはたき切った後である。もう賭ける金も残っていないので、仕方なく座敷を後にするしかなかった。 「……チッ! てめえら、どんだけ泡銭を持っていやがる……。調子コイてられんのもせいぜい今の内だけだろうがな」  捨て台詞と共に苦い顔付きで去って行った。  そうして彼一人が姿を消したところで、座敷内は一気に歓声で溢れ返った。 「遼!」 「白龍……!」  紫月と冰が飛び跳ねる勢いで男たちの腕へとしがみつく。そう、頬傷の男は鐘崎であり、白髪の男は周であったのだ。倫周によってメイクが施されていたものの、愛しい伴侶を見分けられないはずもない。 「遅くなってすまねえ」 「無事で良かった!」  本当だったらすぐにも口付けを交わして、そのまま激しく情を交わしたいところだが、さすがに皆の前ではそうもいかない。ありったけの想いを込めて、二人の亭主たちはそれぞれの嫁をきつくきつく抱き締めたのだった。 「しかし、よく化けたもんだな! この傷なんかメイクとは思えねえ。倫周さんってマジすげえ腕なんだなぁ」  紫月が鐘崎の頬の傷を触りながらしきじきと感心している。 「ああ。何でもこのまま半月は持つそうだぜ? 風呂に入っても大丈夫だそうだ」 「ほええ……すげえのな!」 「それよりお前の花魁姿だ。似合ってるぜ!」 「そうかぁ? 七五三みてえじゃねえ?」 「いや、着物姿も雅だが、仕草が堪らん! お前が煙管に火を点した時にゃ、この際もう後のことはどうでもいい――こいつは俺の嫁だと暴露して、すぐにもこの腕で抱いちまいたかったくれえだ!」 「はは! けどアレだな。こういう駆け引きみてえなのってなかなか味わえねえシチュじゃね? 何つーか、すぐ手が届くところにあるのにすぐには触れねえっていうのが貴重な感じでさ。普段は一緒にいるのが当たり前ってことで、特には考えてもみなかったけど……改めて幸せに思えるっていうか――遼が俺の亭主だってのがすげえ有り難え貴重なことなんだってのを、しみじみ感じた機会っていうか……さ」 「嬉しいことを言ってくれる――。まあ確かにな、俺だってお前らが拐われてからの数日が千秋にも感じられていたからな。手掛かりが掴めなかった内は自分でも信じらんねえくらいに焦っちまってな。危うく自分(てめえ)を失いそうになったが、氷川や親父の励ましで何とか持ち堪えることができた。その後、調べを進める内にここで男娼にさせられてるかも知れねえっていう可能性が出てきた時は――この世の終わりと思ったくれえだ」 「バッカ、遼……大袈裟なんだからよぉ」 「大袈裟でも何でもねえ。()りゃー、おめえがいなけりゃ何もできねえ抜け殻だ。それが身に沁みたぜ……。紫月――本当に無事で良かった……!」  鐘崎は紫月の髪や頬、首筋などありとあらゆるところを力強い指先で何度も何度も愛しげに撫でながら、もう二度とどこへもやらないとばかりに抱き締めた。 「それから――男花魁を守る為に賭場での勝負を考え出してくれた冰や、源さん、春日野、それにレイさんと倫周さんにも心から礼を言いたい。丹羽からすべて聞いてな。皆が一丸となって花魁にさせられた紫月を守ってくれたと――。本当にありがとう。感謝している」  丁重に頭を下げた鐘崎に続いて、今度は周が同じように礼を述べた。

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