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三千世界に極道の華26
『それは裏の三千世界と言われていてな。当時はまだ海のものとも山のものともつかねえ話だった。その後、施設が建設され始めたような噂も出回ったが、実際のところは誰にも分からなかった。俺のところにさえ情報が上がってこねえんだ。計画は立ち消えしたと思っていたんだが、最近になって公安や警視庁が極秘に動いているらしいことを耳にしてな。お前も知っている丹羽のところの修司坊あたりも噛んでいると聞いている』
「丹羽が……か? ヤツとは今日の昼間に会ったばかりだ。そういや近々デカい山がどうとか言ってたな……。だが、その遊興施設と紫月らが消えたことと何か関係があるってのか?」
『関係があるかどうかは分からん。ただ、その施設の主たるは花街という話だった。江戸吉原を蘇らせるとかで、賭場なども計画されていたとか。つまりいなくなったホステスたちはその施設に引っ張られた可能性もある。今回も突如姿を消しちまうという点が女たちがいなくなった状況と似通っている気がする。仮に男色専門の遊郭のようなものがあるとすれば、紫月らはそこで働かされる為に連れ去られた……かも知れないということだ。あくまで想像の域ではあるがな』
それを聞いて周と鐘崎は一気に眉根を寄せた。
「冗談じゃねえ! 遊郭で働かされるだと?」
受話器越しにも本気で憤っているのが分かりすぎるほど分かる。
『落ち着け、遼二! まだそうと決まったわけじゃねえ。単なる可能性に過ぎん。だが他に思い当たる節がねえとなると、調査する価値があるだろうということだ』
僚一に宥められながらも鐘崎はすっかり頭に血が昇ってしまっていた。
「ふざけやがって……」
まるで『紫月に指一本触れやがったらただじゃおかねえ!』という台詞が聞こえてきそうな勢いだ。
『頭を冷やせ! おい、遼二! 聞こえてるか?』
「あ、ああ……すまねえ。分かった。すぐにその線で調べに掛かるが……その施設ってのはいったい何処にあるってんだ?」
『それについては俺の方でももう少し時間が必要だ。どんな組織が絡んでいるのかも調べねばならん。お前らは丹羽と連絡を取って紫月たちが拐われたことをヤツに打ち明けろ。もしかしたら丹羽の方では既にその施設について何らかの情報を持っているかも知れんからな』
「分かった。親父……すまねえな、その……さっきは冷静さを失っちまって。頭を切り替えて必ずヤツらを救出する……!」
『俺はその施設について少し調べたいことがあるんで台湾に寄るが、なるべく早く帰国する。二十年前に俺にその情報を流した奴が今は台湾で隠居生活を送っているんでな。何か動きがあればすぐに知らせろ』
そこで通話は切ったものの、鐘崎は居ても立っても居られないといったふうで、何とか感情をコントロールせんと握りしめた拳を震わせている。
「落ち着け、カネ。親父さんの話だと賭場もあるようなことを言っていたな。とすると……案外目的は冰という可能性もある。その場合、敵がディーラーとしての冰の腕前を知っているということになるが――」
まだ紫月だけを男遊郭で働かせる為に連れ去ったと決まったわけじゃないと慰めの言葉を口にする。
「とにかくすぐに丹羽とやらに連絡を取るぞ。親父さんの言葉じゃねえが、俺らが焦れている場合じゃねえ」
「あ、ああ……そうだな。すまねえ氷川……」
確かに感情優先で動けば冷静な判断を欠くことになり、思わぬミスを招きかねないだろう。どんな事態に陥っても常に第三者の目で事を捉えなければならないのは自分たちが身を置く世界の要である。鐘崎は不甲斐ない自身を戒めると共に、周や父親の僚一が側にいてくれる有り難さを噛み締めていた。
そうして二人は裏の三千世界とやらに関する調査に乗り出すこととなったのだった。
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