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三千世界に極道の華79
フラフラと引き寄せられるように鐘崎が通りの中央へと歩み出る。
一心不乱といった調子で食い入るように花魁の姿を見つめながらも、苦しげに瞳を歪めては何かを思い出そうと必死な形相でいる。
それを横目にレイがわざと見せつけるように花魁紅椿の側へと寄り、色白の顎をクイと持ち上げて自らの腕の中に抱き込もうとした。その時だった。
無意識にレイの腕を鷲掴んで何か言いたげに拳を震わせる鐘崎の行動に、沿道からは一際大きな歓声が巻き起こった。
「いよッ! ライバルのご登場かい?」
「いいぞ、兄ちゃん! 行け行けー!」
「さあどうする紅椿! どっちの男を選びなさるか!」
野次馬たちの掛け声にチラリと紅椿の紫月が鐘崎を見遣り、吸い寄せられるように二人の視線と視線が重なった。
「おや、主さんもわちきを御所望かえ?」
ニッと企んだように瞳を細めて笑う紅椿を見つめながらも未だ苦しげに戸惑っている鐘崎を制するようにレイが割って入った。
「おい、若いの! いい覚悟してんじゃねえか。だが横恋慕は無粋ってもんだぜ?」
こちらもニヤニヤとしながら紅椿は渡さないとばかりに挑戦的な態度で仁王立ちしてみせる。
「横……恋慕?」
やっとのことでそう口を開いた鐘崎に、
「そうさね! この紅椿は俺様が買おうと先に名乗りを挙げたんだ。それを横から掻っ攫おうなんざ無粋ってもんだろうが」
事と次第によっては一戦受けて立つぜとばかりに威嚇を口にする。花魁の前に立ちはだかるようにして勝ち誇ったように笑ってみせた。
「それとも何かい? この俺から奪い取ろうってのか? お前さんにそれだけの覚悟があるってんなら見せてもらいてえもんだな!」
「覚悟……?」
覚悟――遠い昔にどこかで聞いたような気がするそのひと言が妙に気持ちを逸らせる。
「覚悟……」
どこでだったか、そしてそれは誰の言葉だったのか――。
鐘崎の脳裏にその言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えして、ザワザワと心を乱す。
もうそこまで出掛かっているのに肝心な何かが思い出せずに歯痒さだけが心を震わせる。
まるで濃霧の中で目の前の霧をいくら掻き分けようにもその先にはどうやっても辿り着けない――そんな気持ちだった。
「どうなんだ、若えの! この紅椿の為に俺とやり合う”覚悟”があんのかって訊いてんだ!」
「覚悟……紅椿……覚悟……」
(そうだ、この言葉を知っている。確かに知っている。酷く大事で絶対に譲れねえ何かだったはず……。だが……それが何だったのかが思い出せねえ……)
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