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三千世界に極道の華83

 まさに敵が斬り掛からんとした時だった。飛燕から投げられた刀の鞘で鐘崎が攻撃を受け止めると同時に紫月がその鞘から刀を抜き取り、居合い抜きの技で敵の羽織紐を斬って飛ばした。先日の時と同様に一瞬何が起こったのか分からないほどの早技である。空高く舞う房のついた紐を見上げながら、誰もが驚き顔で唖然としたように視線で追う。まるでスローモーションのように通りの道端に落ちていく様子を沿道にいた全員が大口を開けて見つめていた。  ポトリとそれが地面に落ちると共に一気に喧騒が戻ってきた。 「こ……んの野郎ッ! やりやがったな!」 「構うこたぁねえ! 皆殺しだ!」  束になって襲い掛かってきた敵の刃を三浦屋の二階から飛び降りて来た飛燕と綾乃木が受け止めたと同時にいよいよ真剣での斬り合いが始まった。  沿道にいた源次郎と春日野、そして冰の護衛に付いていた周は即座に手際よく群衆をそれぞれ近くの茶屋へと押し込んで避難させ、鐘崎らが立ち回りのしやすいように道を開けていく。瞬く間に大通りからは人が消え、残ったのは敵方の男たち数人と鐘崎らが睨み合う形となった。  そんな中で群衆に押されて逃げ遅れた蓉子がポツリと一人大通りに立ちすくんでいた。 「酔芙蓉! てめえ、やっぱりここにいやがったか! よくも裏切りやがったな!」  彼女が鐘崎を逃したことを確信した敵方の男が怒号を飛ばす。真剣を手にまさに斬り掛からんとした時だった。ここまでかと思いきり目を瞑った蓉子の前に広い背中が立ちはだかり……向かって来た男を苦もなくその場に沈めてしまった。 「遅くなってすまねえ、蓉子。怪我はねえか?」 「……!? あんた……!」  不敵に笑うその横顔を見た瞬間に蓉子の瞳は再び潤み出した安堵の涙でいっぱいになっていく。男はもちろんのこと鐘崎の父親の僚一であった。 「ヤツらのアジトの方を制圧するのに手間取ってな。少々遅れたが間に合って良かった」 「あ……あ……、あんたも無事で良かった」 「ああ。息子の奴も記憶を取り戻せたようだな。お前さんのお陰だ。ありがとうよ、蓉子!」 「ううん、ううん! アタシこそ……」 「さあ、ここは危ねえ。そこの茶屋に避難するんだ」  僚一は蓉子を源次郎らに預けて無事を確保すると、敵と戦うべく通りの中央へと歩み出て身構えた。  群衆を避難させ終えた源次郎と周も参戦し、しばし大立ち回りが繰り広げられる。真剣での斬り合いには飛燕と綾乃木、それに紫月が鮮やかな剣捌きの峰打ちで次々と敵を沈めていく。それらを援護するように鐘崎親子と源次郎、周が体術で制圧していった。 「退け! 役立たずのクズ共が!」  突如後方から怒号が上がったのに振り向くと、そこにはいかにも腕に自信のありそうな強面の男たちが数人でこちらへ向かってくるのが分かった。

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