658 / 1179

孤高のマフィア85

「だったら紫月の親父に護身術でも仕込んでもらったらどうだ。どうせ週末はここへ来ることが多いんだ。月に一度でもいいから道場に寄って稽古をつけてもらえばいいんじゃねえか?」  それは名案である。 「おお、いいな! ついでに俺も久しぶりに基礎から見てもらうとするか」  周がそう言うので冰も嬉しそうに瞳を輝かせた。 「いいの?」 「ああ。基礎を一度でも教えてもらっておけば、まったく知らんより安心なことは確かだからな」 「うっは、そりゃいいや! 親父も喜ぶぜー! ならさ、俺らも一緒に稽古しようぜ、なあ遼!」 「いいな。四人でやりゃ楽しそうだ」  紫月も鐘崎も大乗り気で、父の飛燕には自分たちから伝えておくぜと言ってくれた。 「おーし! そんじゃ今日は冰君の修行前夜祭ってことで飲むとすっか!」  紫月がそう言えば、 「おいおい、気が早えなあ。まだ昼だぞ」  周が可笑そうに肩を揺らして笑う。 「いーじゃん! 飲んでりゃその内に夜ンなるって!」 「まあそれもそうだ。それじゃ早速厨房に言って何かつまみを作ってもらおう。それに今日は道場も休みだろ? 紫月、親父さんも呼んだらどうだ」  鐘崎が気を利かせて厨房へ向かわんと立ち上がる。 「おー、そっか! そんなら一石二鳥だわ。あ、遼ー! つまみもだけど冰君が持ってきてくれたケーキも食いてえからそっちも頼むぅー」 「おう! お前は親父さんに電話しとけよ」 「ラジャ!」  早速に父の飛燕へと連絡を入れる紫月を横目に、 「ケーキに酒かよ。一之宮は相変わらず甘味大魔王だな」  周がクスッと笑う。  甘味大魔王という言葉に冰はふと周と出会った頃のことを思い出した。まだ互いの想いを伝え合う以前のことだ。例のホテルラウンジで周が『俺の知り合いに甘味大魔王ってくらい甘い物が好きなヤツがいてな』と言っていた。その頃はそれが紫月のこととは知らなかった為、相手は女性で、もしかしたら周の恋人ではないかと勘違いをしてしまい、酷く落ち込んだものだ。その頃のことを懐かしく思い出しながら、今はこうして周の側にいられることが夢のようだとしみじみ思う。鐘崎や紫月をはじめ、お邸の真田ら素晴らしい人々に囲まれながら、この穏やかで明るい日常の幸せを噛み締めるのだった。  ふと庭先に目をやれば先週は白一色で満開だった桜の枝からはチラホラと若葉が芽吹いている。稽古を始める頃には青々とした葉桜になっているだろうか。やがて青葉が大きくなり、落ち葉となり、季節が巡ってまた次の年の花が満開を迎える。そんな当たり前の日々をこれからもこの仲間たちと共に過ごしていきたい。  誰もがあえて言葉にこそしないが、胸の内は同じであるだろう。  ひょんな会偶から始まった望まざる事件であったが、様々な困難に見舞われつつも、より一層互いの絆を屈強なものにした。  芽吹いたばかりの葉桜が刻一刻と緑萌える季節を運んでくる、そんな幸せな午後がゆっくりと暮れていったのだった。 ◇    ◇    ◇  今回の件で皆を巻き込み騒動をもたらした香山淳太だが、初犯ということを考慮されてか、執行猶予がつき実刑には至らなかった。そんな噂が周らの耳に入ってくるのは、それからしばらく後のことであった。 孤高のマフィア - FIN - ※拙作をご覧くださりありがとうございます。 次回のエピソードは周の兄・風黒龍(ファン ヘイロン)の恋の話となります。BLではなくNLの為、別サイト様での投稿となりますが、周風(ジォウ ファン)の話が完結しましたら、またこちらで次々回のエピソードを投稿させていただく予定です。 詳しくはプロフィールページに記載の更新物案内ブログでご案内しています。 こちらでは上記完結までの間お休みをいただきますが、また次々回のエピソードでお目に掛かれましたら幸甚です。 ここまでご覧くださいました皆様に心より厚く御礼を申し上げます。一園木蓮拝

ともだちにシェアしよう!