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身代わりの罠6
「鄧には遼二とメビィの世話係として常に一緒に行動してもらう。買い物などのプライベートで出掛ける際も同行してもらうが、一日の行程を終えた時点でこの特別室まで夫妻役の二人を送り届けて、一足先に一般客と同じ出入り口から帰宅してくれ。その後、遼二はコネクティングルームを経て帰宅。次の朝も同様に、遼二は直接地下駐車場から極秘通路を使ってここでメビィと合流。鄧は一般客と同じホテル内のエレベーターで監視役を引きつけながら夫妻役を迎えに上がるといった手順でいく」
常に監視役に怪しまれないよう心掛けてくれと僚一は言った。ホテル内での細かい要望は帝斗が面倒を見てくれるそうだ。
「必要なものがあればいつでも遠慮なく僕に言っておくれ。夜中でも気にすることはないよ。ブライトナーご夫妻が無事にご帰国されるまで僕ら粟津一族も全面的にキミらの手助けができるよう準備を整えているからね」
帝斗もそう言ってくれるので、体制としては万全といえた。
そうしていよいよ夫妻が来日する日を迎えた。
予定通り、彼らには一旦グラン・エーの特別室に入ってもらい、僚一と源次郎らの厳重な警護の下、真の滞在先へと移動してもらう。
「今日は夕方から歓迎の食事会が催されることになっている。場所はこのホテル内のレストランで、接待相手は我が国の医学会のお偉いさん方だ。彼らも事情は承知の上だ。偽夫妻と知ってのパフォーマンスだから、今日のところは難しい話は必要ない。適宜和やかに調子を合わせてくれればいい」
問題は三日後だと僚一は言った。
「会合の前夜祭として、クラウスの発見を快く思っていない連中もまじえた大きなパーティーがこことは別のホテルで催される。場所的には車で五分足らずの老舗ホテルだが、そこでは各方面から医者がわんさとやって来る。専門的な話を振られる機会も多かろう。鄧、サポートを頼むぞ」
「お任せください。私も今回の件を請け負うに当たってクラウス・ブライトナーについて少々調べましたが、彼は普段からあまり社交的ではないようですね。仲間内では研究に没頭しているだけの無口で愛想のない変人と言われているようですから、遼二君に話し掛けてくる御仁には極力私が代わって会話を引き受けさせていただけるかと」
「すまない、鄧先生。頼りにしてるぜ」
「ええ。遼二君は軽く会釈をしていてくれればよろしいです」
「そちらの方は鄧に任せよう。奥方役のメビィも側でにこやかにしていてくれればいい」
「承知しましたわ」
メビィもにっこりと微笑んだ。
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