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身代わりの罠19

「親父!」  車から降りる僚一の姿を見つけた紫月が焦燥顔で駆け寄る。 「おう、紫月。焔と冰も一緒だったか」 「あ、ああ……。ちょうど氷川と冰君が組に寄ってくれてたからさ」 「こんな朝っぱらからか?」  平日で仕事もあろうというのに、わざわざ二人が組事務所にまで顔を出すことに首を傾げるところだが、なんと僚一の方ではその理由も見当がついていたようだ。 「もしかしてお前らも例の掲示板を見たのか?」 「それじゃ……やっぱ親父も知ってたんか?」 「まったく厄介なことをやらかしてくれたものだ。今しがたチームのヘッドを締め上げてきたところだ」  僚一は既に全貌を知っているようだった。 「チームのヘッドを締め上げたということは、やはり何かの策略だったってことか?」  周が訊く。 「その通りだ。まあ歩きながら説明しよう」  一行は地下からコネクティングルームまでの直通エレベーターに乗り込みながら、僚一の説明を待った。 「蓋を開けてみれば実にバカバカしい話だ。今回の任務を我が組に持ち掛けて、女を使い遼二にハニートラップを仕掛けて落とすのが目的だったそうだ。メビィと遼二がイイ仲になれば、ウチの組とも強固な関係が築ける。しいては裏の世界での立場も上がる、と、そう踏んだらしい」  だが、色仕掛けをしようにも肝心の鐘崎自身がまるで乗ってこないことに焦れて、既成事実をでっち上げたということらしい。裏の世界全体に情報をばら撒いたのも、言い逃れたり握り潰されるのを防ぐ為だったという。 「お陰で本来の任務に多大な支障をきたすこととなった。クラウスの発見を狙っているヤツらが遂にはクラウス自身の命を狙うという事態を引き起こしたわけだからな」  鐘崎とメビィの画像が裏の世界にばら撒かれたことで替え玉作戦に気がついた敵方が、本物のクラウスを狙って動き出したというのだ。 「あいつらが余計なことをしてくれたお陰で今夜の前夜祭にはクラウス本人を出席させざるを得なくなった。替え玉作戦は効かねえということだ」  それで警備体制を万全にすべく紫月までが駆り出されることになったということらしい。 「今夜のパーティーで紫月には各国から来日しているゲストへの余興として居合抜きの演技を披露してもらいたい。変な話だが、居合を見せるということは堂々と真剣を会場内へ持ち込めることになる。敵もパーティ会場の中では飛び道具で狙うことは考えていないはずだ。至近距離から刃物などで襲ってくる可能性が高い」  会場内には世界的権威のある医者が多数招かれている。当然出入り口での警備も厳しいから銃器類を持ち込むのは容易でない。刃物で襲ってくるだろう相手には、こちらも刃物で渡り合おうというわけだ。

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