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身代わりの罠27
抱き締めて落ち着かせることもできたが、あのまま連れ去られていたとすれば、下手をしたら強姦まがいの目に遭っていただろうことは想像に容易い。いかに訓練されたエージェントといえど、まだ年若い女にとってその恐怖たるや相当なものだったろうと思うのだ。
そんな彼女に対して、いくら助けたとはいえ間髪入れずに抱き締めたりしたら、要らぬ恐怖心を抱かせてしまっては気の毒だ。そっと頭を撫でるに留めたのは紫月の細やかな気遣いであった。
メビィの方でもまた、そうした紫月の思いやりをまざまざと感じ取ることができたのだろう。恐怖が安堵へと変わる中で、自ら紫月の胸の中へと抱き付いては、嗚咽を隠すこともできずに号泣してしまった。
ギュウギュウとしがみつきながら、ヒックヒックと肩を揺らして泣きじゃくる。紫月もまた、子供をあやすように、その背中をトントンと叩いては、彼女が落ち着けるよう受け止めていた。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
「う……えっ、えっ、ごめ……なさい。アタシ……あなたのこと誤解してて……酷いことして……」
実を言えば、男のくせに鐘崎の嫁だなどといっている人間だ――裏の世界に生きる者の伴侶としての気概も持ち合わせていない柔な男だろうと思っていた。せいぜい身体と情欲だけで鐘崎をたぶらかしているようなチャランポランな男だと思っていた。ところがこの紫月はまったく違う。たった一人で四人ものプロ集団を易々と倒し、その腕前だけでも見事過ぎるほどだ。その上、自分たちを陥れた者を助けに来てくれるような大きな心を持ち合わせている。本来なら一等憎いはずの女だろうに、今もこうしてやさしく抱き留めて落ち着かせようとしてくれている。
「アタシ……本当に大馬鹿ね……」
メビィは涙を拭いながらつぶやいた。
「ん?」
「遼二さんが何故あなたをあんなに大切に想っているのか、今なら分かるわ。あなたたちの絆も……アタシのような女が入り込んでいいわけがないって思い知らされた……」
ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻したメビィは、そっと紫月の胸元から離れると、姿勢を正して深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、紫月さん。あなたと遼二さんに、鐘崎組の皆さんにもたいへんな迷惑をかけてしまったわ。本当にごめんなさい……!」
落ち着いた彼女にホッとしながらも、すぐに柔和に笑うと、
「いいってことよ!」
悪戯そうに口角を上げながらそう言った。その笑顔があまりにも爽やかで、あたたかくて、メビィは再び潤み出した目頭を押さえたのだった。
◇ ◇ ◇
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