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ダブルトロア50
元々、椿は紫月の実家である一之宮道場に数多植っていたのだが、鐘崎がどうしても欲しいと言うのでその内の一本を分けてもらうことになった。組では専任の庭師がいるので新しく植樹してもらっても良かったのだが、どうしても一之宮道場から分けてもらいたいという鐘崎の希望で、一本譲ってもらったのだ。ついでに紫の藤棚も作りたいと、これもまた鐘崎が希望したというわけだった。
鐘崎邸の中庭は広く、季節毎に咲く多種多様の木々があったそうだが、当時は庭に植っていない種類の花だからという理由で鐘崎がせがんだのだそうだ。今となってみればその頃から紫月に対する想いをあたためていたのだろうと思えた。
「藤棚を造った頃はまだカネも中坊に上がる手前だったってんだろ?」
えらく昔から一之宮に心を寄せていたんだなと言っては周が冷やかし気味で瞳に弧を描く。まるで漫画に出てくるようなカマボコ型の瞳がフニャフニャと揺れるエフェクトを思わせるようなニヤーっとした視線を向けられて、鐘崎はガラにもなく頬を染めさせられてしまった。
「……ッ、うっせ! そーゆーてめえだってなぁ、他人のこと言えた義理か? 香港に残してきた誰かさんの為に、えらく豪勢な部屋まで作って待ってたくせに」
お返しとばかりに口をへの字にしながらジトーっと睨みを据える。
「いーだろーが、別に。俺ァなぁ、てめえと違って大人になってからのことだ。中坊の頃から色気付いてるマセガキと一緒にすんな」
「マセガキだー? そういうてめえはエロジジイじゃねえか」
「は? 俺ァまだジジィじゃねえっての! それにエロくもねえ……とは言い切れんか……」
うーむ、と気難しげに考え込む姿がコミカルだ。
「は、認めやがったな? エロ社長ぉー」
「うっせ! エロ若頭が」
「おーおー、エロってのは男にとっちゃ褒め言葉だからな」
「ほーほー、褒め言葉ね? んじゃもっと褒めてやるぞ、エロオヤジ」
「オヤジとは言い草だな。もうちょいで叔父さんになるヤツが何を言う」
「だから叔父さんと呼ぶな、叔父さんとぉー! お兄さんだ!」
額と額を突き合わせながら互いに中指を立て合う二人を横目に、嫁たちは大爆笑させられてしまった。
「あははは! 遼も氷川もまるっきしガキじゃねっか! それこそ中坊じゃねんだからよぉ」
「ホントですね。っていうか、相変わらず仲がいいんですから二人共!」
嫁たちに冷やかされて周と鐘崎はタジタジながらも頭を掻いては照れ笑いをしてみせた。
「でもそんなところが可愛い……なんて言ったら失礼ですけど、ギャップルールっていうのかな。意外な一面もまた魅力っていうか」
「おー、さすがは冰君! いつでも旦那を立てるのを忘れねえ! まさにデキた嫁さんなぁ!」
「イヤですよ、紫月さんったらー」
肩を突き合ってはしゃぐ嫁たちを横目に、周と鐘崎の旦那組も愛しげに瞳を細めては至極満足そうにして笑い合うのだった。
(おい、カネ。帰ったら早速エロオヤジと化すんだろ?)
(もちろんだ。つか、てめえもかよ)
(当然!)
(はは! やっぱエロオヤジだな)
(お互いにな)
楽しげな嫁たちを横目にヒソヒソ声で肘を突き合いながらニヤっと不敵に微笑み合う。着陸までが待ち遠しくて堪らない旦那衆だった。
日本はちょうど三寒四温の季節であろう。花々が次々と芽吹くように皆の心にもやわらかな風と暖かな陽射しが灯る、そんな春間近のことであった。
ダブルトロア - FIN -
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