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紅椿白椿23

 その後、組事務所に綾乃木がやって来て鞠愛を診たが、これといって緊急の症状は見当たらなかった。 「紫月の言うように軽い自律神経失調症だろうな。安静にしていればすぐに良くなるだろう」  鞠愛は玄関脇にある第一応接室のソファに寝かされていたが、すぐに父親の辰冨が飛んでやって来た。組へ帰った直後に鐘崎が連絡を入れたからだ。 「遼二君! すまないね。ご迷惑をお掛けして……」 「いえ。日本に帰って来て慣れない環境下で少しお疲れが出たのかも知れません。医者にも診てもらいましたが、ご心配なようでしたら改めて掛かりつけ医に診せてください」 「ああ、すまない。お手数をお掛けしたね」  そのまま父親が娘を連れて帰り、この奇妙なお散歩事件はひとまずの幕を閉じたのだった。 ◇    ◇    ◇  この日の噂が組内に広まるのは早かった。鐘崎について一緒に犬を散歩させた若い衆からあっという間に話が広がっていったからだ。例によって所々でなされる立ち話は、庭師の泰造たちの耳にも届き、見習いの小川もまたヤキモキとさせられる日々を送ることとなった。 『ったく! あの小娘ったらいい加減にして欲しいぜ! あれじゃ若も姐さんもいい迷惑だってのが分からねえかね』 『まったくだ。若もお辛い立場だよな。子供の頃にあの親娘に助けられたってんだろ? それで何かと強く出られねえんじゃねえか?』 『命の恩人だか何だか知らねえけど、あの女ときたらそれを盾に若をいいように使いやがってよ! 正直しつけえったらねえよ!』 『姐さんはどう言ってらっしゃるんだ? 河川敷であの娘が倒れた時にゃ、姐さんが親身になって診てやったそうじゃねえか』 『そうさ。わざわざご実家から綾乃木先生まで呼んでくださいなすった。それなのにあの女ときたら! 姐さんの目の前で堂々と若に抱きつきやがって。俺ァもう腹立って仕方なかったさ!』 『姐さんはお優しいからなぁ。これまでだっていろんな女が若にちょっかい掛けてきたが、その度に姐さんが女たちと心から向き合ってくれてさ。ホントは若だって心を痛めてらっしゃるはずだぜ』 『だろうな。若はあの通りの男前だから、方々の女にモテるのは仕方ねえと思うけど……毎度これじゃ姐さんが気の毒でならねえよ』 『ああ。若だって姐さん一筋なのに、望みもしねえ女がゴロゴロ寄って来て気苦労が絶えねえだろうな』 『俺たちも出来る限りお二人の防護壁になりてえと思うけど、まさか寄って来る女を殴り飛ばすわけにもいかねえし……』 『この際、相手が野郎だったらちっとは気も楽なんだがな。思いっきりぶっ飛ばしてやるっつの!』 『言えてる』  はぁー、と誰もが重い溜め息まじりだ。  そんな立ち話が耳に入ってくる泰造と小川にとってもまた、気の重くなる思いだった。

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