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紅椿白椿35
鞠愛は驚いたようである。まさか組のトップである鐘崎が連れている自分に向かって、こんな無礼なことを言い出されるとは思ってもみなかったからだ。
「何、あなた……? 失礼なのはそっちじゃない! いったい誰よ!」
かなりのきつい言い方で小川を睨みつけた鞠愛だったが、安全と思った邸の中でもこれではさすがに我慢ならなかったようだ。外出すればしたで店員やホステスに嫌な思いをさせられ、それならばと邸内で会えばこの様だ。鐘崎の前では極力性質のいい可愛い女を装いたかったようだが、すっかり自我丸出しだ。
小川もまた若さ故か、それとも彼の元々の性分なのか、立場や遠慮ということを知らない調子でいて、受けて立つとばかりに胸を張ってこう言い放った。
「俺はここの庭師だよ」
「庭師ですって?」
「そう! ここんちの庭を預かってる職人だ。まだ作業中なんだ。あんまウロウロしねえでもらいたいっスね」
あまりにもストレート過ぎる言い分に鞠愛は思いきり額に険を浮かべた。
一触即発の空気に、さすがにまずいと思ったのか泰造が割って入る。
「これ! お客様に向かって何て言い草だ!」
立場をわきまえろと小川の前へ出て制止する。
「申し訳ありやせん。とんだ失礼を……」
泰造が頭を下げたが、鞠愛はプイとそっぽを向いて唇を尖らせた。
そんな様子に鐘崎が『そろそろ行きましょう』と言って鞠愛をうながした。
「そうね……。お庭も見られたし……」
ちらりと小川に視線を向けては、まるで『失礼なヤツもいるしね!』と言いたげだ。
「ね、遼二さん! この後アタシの家でお茶でもどうかしら? 今は仮住まいの邸だからここほど立派じゃないけど、なかなかに洒落た洋館なの! パパもママも是非にって言ってるし、よかったらお昼でもご馳走させて!」
さすがにそこまで付き合う必要もない。
「申し訳ありません。この後仕事が入っておりますので」
鐘崎が断ると、組員らはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「玄関までお送りしましょう」
鞠愛は残念そうにしていたが、仕事だと言われればどうにもならない。つまらなそうにしながらも渋々引き取っていったのだった。
◇ ◇ ◇
残された中庭では泰造が小川に向かって叱責を繰り返していた。
「まったく! おめえときたらどうしてああ節操がねえんだッ! 仮にも若頭さんのお客人に向かって刃向かうような口をききやがって!」
だが、小川は間違っていないと言いたげだ。とりあえずは『すみません』と頭を下げたものの、心底から反省しているとは思えない態度に泰造の小言が続く。
「いいか、俺たちゃァ庭師だ! 預かったお庭を綺麗にすることだけが使命なんだ! |他所《よそ》様のお邸のことに首を突っ込むなといつも言ってるだろうが!」
ピシャリと頭を叩きながら、これで分からないようなら殴るぞとばかりの勢いに、ついぞ清水が割って入った。
「親方、もうそのくらいで勘弁してやってください」
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