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紅椿白椿53

「ヘンな話だが、紫月だって男としては美男子だし女が群がってきそうな容姿だろう? だが実際にはあまりそういうことになってねえだろうが。それはヤツの性質的なものが大きいと思うわけさ」  紫月は老若男女誰に対してもフレンドリーで明るく朗らかだ。人間として好かれることは多いが、恋情を抱かれることはごく稀だ。 「もちろん側におめえがいるからってのも大きいが、仮に誰かが本気で紫月に恋情を抱いたとしてもだな。ヤツの分け隔てのない明るさと真心で正面から向き合うあったかさが、逆に相手に突っ込んじゃならねえ聖域ってのを意識させるわけだ」 「聖域……?」 「そう、聖域だ。ヤツは誰にでもやさしくて話しやすくもあるが、お前という大事な相手がいる。こんなにいい人の大事にしているものに土足で踏み込んじゃならねえと、相手は自然とそう思うわけだ。それが聖域だ」  またしても目から鱗の思いである。 「周焔にしても紫月とはまた違うタイプではあるが、はっきりと断れる強さを持ってる。そういう意味ではヤツの言うようにお前の方がやさしいのかも知れん。ちょっと前に周焔に対する恋情から元社員の香山って男が事件を起こしたろうが。はっきり振った挙句にああした逆恨みを買うこともあるからな。一概にはお前と周焔のどちらのやり方が正解かと言われれば確かに難しいといえる。どちらも正しいが、どちらもリスクを伴う。要はケースバイケースで臨機応変に向き合っていくしかねえわけだ」 「……人の気持ちってのは難しいもんだな」  どう動いても正解がないのなら、どうすれば一番いいのだろうと迷ってしまう。これではまた最初に戻って堂々巡りだ。 「だがお前には紫月という素晴らしい伴侶がいる。周焔や冰といった頼もしい友だっている。俺や源さんも然りだし、お前のことを慕って親身になってくれる組員だっている」  僚一は立ち上がって息子の肩へと手を置くと、穏やかに言った。 「お前は一人じゃねえんだ。何もかもをてめえだけで背負い込もうとするな。肩の力を抜いて、遠慮せずにお前の側にいてくれる者を頼ればいい。この肩の紅椿と対になる白い椿を背負ってくれようっていう何よりの存在がいるんだ。一人で背負いきれねえことにぶち当たった時はためらわず周囲に甘えればいい。てめえ一人で何とかしようと悩んだ挙句に袋小路に入っちまって、かえってがんじがらめになっている――それが今までのお前だ」  確かにその通りかも知れない。紫月を巻き込む前に、周囲を煩わせる前に――自分一人でどうにか丸く収めようと必死になっていたのは事実だ。 「要はな、もっと気を楽に持っていいってことだ。一人でどうにかしようと気張る必要はねえ。焦る必要もねえ。時には周囲に頼って甘えて、大事なものを大事にしながら今まで通りやっていきゃいいのさ」  その言葉が終わるか終わらない内に鐘崎の瞳からポタリとひと雫、大粒の涙が彼のズボンへと落ちた。 「遼二。これまでもお前は本当によくやってきてくれた。まだおめえが赤ん坊の時分に俺の勝手で母さんと離縁してからこのかた、こんな俺の側で不平ひとつ言わずに暮らしてくれた。勉学に励み体術の厳しい訓練にもへこたれず、組を継ぐ決心を固めて最高の姐さんまで迎えてくれた。お前はこの世で一番の俺の宝であり、どこに出しても胸を張れる自慢の息子だ。俺は心から感謝しているぞ」 「親父……」  ポタリと落ちた一粒の雫が五つ六つと滝のように滴り落ちては太腿のズボンの上に無数の染みを作っていく。肩を鳴らして嗚咽する息子の、広い大きな背中ごと愛しむように僚一は両の腕でしっかりと抱き締めたのだった。

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