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慟哭5

 その後すぐに源次郎へと報告が上げられ、急ぎ事実確認がなされることとなった。  組員たちは慌てふためきながらも懸命に事の次第を報告する。 「姐さん宛てに自治会の人から電話があって取り継ぎました。その後、十分くらいして姐さんがお出掛けになられたのを見送ったっス」  出ていく際に何か変わった様子はなかったかと尋ねるも、紫月は普段と変わらない感じで笑顔も見せていたという。 「それは何時頃のことだ」  源次郎が訊くと、組員はすぐに電話機のメモリーを確認して、『二時半です』と答えた。 「相手は若い女の声で、確か新しく役員になった人だとか」  組員は、『録音が残ってます』と言ってすぐさま皆の前で再生してみせた。  鐘崎組では事務所に架かってきた通話はすべて録音するシステムが敷かれている。 「女は田島――とな。最近この町内に転入して来た住人だろうか」  源次郎は次に紫月が内線を受け取った組最奥の事務所の方へと急いだ。通常、鐘崎と紫月が使っている部屋の方だ。  すると、受話器が外しっ放しにされており、そこでも通話内容が録音で残っていることが確認された。 「姐さんがわざと外したままで出掛けられたのだろうか……」  だとすれば緊急事態といえる。  録音を再生すれば、予想が決定的となった。  あなたのご主人を預かっている。  他言すれば爆弾によって即刻ご主人が命を落とす。  誰にも知られずに港の倉庫街へ来い――とあった。  紫月にとっても危険は承知の上だろうが、少しでも妙な行動が見られたら命はないというくだりから、源次郎にさえも言わずに出て行ったのだと思われる。おそらく盗聴や監視などを考慮してのことだろう。  源次郎はすぐさま専用の機器でおかしな物が仕掛けられていないかを調べてみたが、そういった類のものは見当たらなかった。確認後、自分の携帯から鐘崎へと連絡を試みる――。 「もしもし、源さんか。どうした?」  スマートフォンの向こうでは焦った様子の見られない穏やかな応答――つまり紫月に架かってきた電話は彼を誘き出す為の罠だということが明らかだ。一瞬で蜂の巣を突いたような緊張感に包まれた。  鐘崎に事情を説明しながら、源次郎は紫月の現在地を探索にかけた。スマートフォンの位置情報と共に彼の着けているピアスのGPSである。 「――これは……」  ピアスは外だがスマートフォンはこの事務所の中を示している。周囲を探すと半開きになったデスクの引き出しに置きっ放しにされていた紫月のスマートフォンが見つかった。――とすれば、これも彼がわざと置いて出た可能性が高い。

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