901 / 1190

慟哭7

 源次郎たちが出て行った後、組では留守を預かった幹部補佐の橘が紫月を誘き出した電話の相手について割り出しを急いでいた。  最初に組事務所の代表番号に架かってきた際には変声器などを通していない素の声だった。それをこれまで組を訪れたすべての人間の声と比較し、探索にかけるのだ。  鐘崎組では依頼人から親しい人物に至るまで、表門と第一応接室での会話はすべて録音されてデータベースに取り込まれるようになっている。依頼人の中には正体の知れない一見も少なくない。万が一の為に密かに声紋を収集するのである。  紫月を誘き出した敵の手掛かりが薄い今の状況では、出来得ることは片っ端から当たっていくしかない。焦る気持ちを何とか抑えつつもデータベースを探っていると、これ幸いか、一人の声紋が九割を超える確率で一致を示した。 「こいつぁ……!」  何と声紋は辰冨鞠愛(たつとみ まりあ)のものと思われたのだ。  鞠愛(まりあ)というのは鐘崎が幼い頃に川で溺れ掛かっていたところを助けてくれた外交官・辰冨大使の一人娘である。つい最近、二十年ぶりの長期休暇で日本に帰って来たとかで、ここ鐘崎組にも親娘揃って顔を出していた。その際、鐘崎に対する強い恋情を見せていて、彼が既婚だと言っても諦めなかったほどの女だ。この邸にも何度も訪れては、組員たちから愚痴が出回るほどにしつこかったのは記憶に新しい。 「あの女……やはりまだ若を諦めてなかったってのか……」  かくいう橘自身も、鐘崎の補佐として辰冨鞠愛の警護依頼に加わったことがある。鐘崎が男性の伴侶と一緒になっていることを知った父の辰冨が、何とかして娘に興味を持ってもらおうと彼女の買い物に正式な警護として同行して欲しいと依頼してきたのだ。その時もデートさながら鐘崎にベタベタとしてきて困り果てたものだ。  その後も鐘崎との縁組を執拗に迫られ、組長の僚一が説得に出ていって初めて納得させることができたわけだ。もっとも、彼女自身は納得というよりも追い返された――くらいに思っているかも知れないが、とにかくどうにも手の焼けるといおうか、命の恩人というのを盾にされ、いわばタチの悪い相手だったと言って過言ではないだろう。 「外交官の父親と一緒に赴任地のアメリカへ帰ったんじゃなかったのか……」  犯人がその辰冨鞠愛だとすれば、鐘崎への恋情が叶わなかったことによる逆恨みの可能性が高い。紫月に向かって開口一番『一之宮』と呼び掛けていることからも、可能性は更に濃くなってくる。 「……クソッ! こいつぁ思ってる以上にやべえ案件だぞ……」  橘が焦る中、タクシー会社を当たらせていた若い衆からもめぼしい情報が上がってきた。 『橘さん! 姐さんを乗せたタクシーが見つかりました! 運転手に話を聞いたところ、やはり港の倉庫街で降ろしたとのことです!』  場所も紫月のピアスが示しているのと一致したとのことだった。  橘はすぐに源次郎へと報告を入れた。

ともだちにシェアしよう!