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春遠からじ2

 その数日前のことだった。夕飯を終え、リビングで寛ぎながら冰がこんなことを言い出した。 「ねえ白龍。例の事件以来、鐘崎さんがずっと仕事に没頭してて身体を壊さないだろうかって……源次郎さんたちも心配してるみたいだって言ってたでしょ?」 「ん? ああ、そうらしいな。えらく根詰めているとか――」  これまでは週末になるとよくこの汐留にも顔を出してくれていたものの、あれ以来四人でゆっくり会えるような時間は持てていない。休みの日でも鐘崎は邸にこもりきりのようで、紫月を外に出したくないという以前に自身も必要以外は他人との交流を避けているようにも思えると聞いているのだ。 「それでさ、俺ちょっと考えてみたんだ。紫月さんは――っていうか俺も、それに白龍も鐘崎さんもだけど、俺たちって今までにも拉致されたりとか……いろんな事件に遭ったりしてきたじゃない? でもそのどれも皆んなで協力して乗り越えてこられたっていうか、たいへんな目に遭っても今回ほど傷が深くならなくて済んだように思えるんだ。白龍だって鐘崎さんだってDAなんていうとんでもない薬で記憶を失くしちゃったりとか、お兄様たちと一緒にロンさんたちに拉致されちゃったりとかあったじゃない」  それでも何とか乗り越えて、その後は言うほど後を引かなかったというか――特にマカオの張や鉱山のロンなどだが――犯人たちとでさえ打ち解けて良好な関係に発展したりなど、今回の鐘崎のように深いダメージは残らなかったように思えると言うのだ。 「確かに――そうかも知れんな。今回のことはカネにとって今までで一番デカい衝撃と言えるだろうな」 「だよね。それでさ、思ったんだ。今回の犯人っていうか相手の人たちが……例えば裏の世界で敵対してる相手だったりとか、仕事上や組織の中での立場や利権を争っての恨みとか、そういった理由だったらまた違ったんじゃないだろうかって」  周は興味ありげに冰を見つめてしまった。 「――と言うと?」 「うん……。鐘崎さんがあんなに責任を感じているのは……鐘崎さんのことを好きだった女の人が叶わなかった想いの逆恨みで起こしたっていうのが一番の原因になってるように思えて仕方ないんだ」 「つまり――カネがはっきり断らなかったことを含めて後悔しているってことか?」 「っていうよりも、例えば相手が男の人だった場合はさ、多分こう……殴ったりとかの目に見える形で制裁を下すっていうか、ケリをつけるっていうのかな……そういうことが可能じゃない?」  確かに周自身も元社員の香山という男が逆恨みに出てきた際には、直接その手で制裁を下したわけだ。 「でも今回は相手が女の人だったから殴ることもできなかった……。こんな言い方したら良くないかも知れないけど、なんていうかスッキリできなかったっていうか……尾を引いちゃってるっていうか。それ以前に、相手の女の人が恨みの矛先を紫月さんに向けたっていうのが鐘崎さんにとっては一番辛かったのかなって」  仮に鐘崎自身が誘き出されて同じことをされたなら、ここまで深く傷を引き摺らずに済んだのではないかというのだ。

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