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春遠からじ5
思った通り紫月はとても喜んでくれているし、そんな彼の笑顔の側で鐘崎も嬉しそうに穏やかな表情を見せている。少しでもホッとできるひと時になればと願う周だった。
もちろんその思いを鐘崎自身も感じてくれているのだろう、相変わらずに仲の良い嫁たちを横目にしながら、ポツリと礼を述べた。
「すまねえな、氷川――」
いろいろ気を遣わせちまって――短い言葉の中にも心がこもっている。鐘崎にとってこの四人で過ごせるひと時は気負わずにいられる安寧の時間なのだろう。事件以前の素の彼が垣間見えるようで、周もまた安堵の思いがしていた。
「どうだ、カネ。世間じゃそろそろ夏の長期休暇の時期だからな。うちの社も盆休みに入る。今年は義姉貴 も出産前だし、見舞いがてら香港の実家に顔を出そうと思っているんだが、お前らも一緒にどうかと思ってな」
周の誘いに鐘崎はわずか驚いたようにして顔を上げた。
「――香港か。うちの組も盆休みは毎年取っているが――。組員たちにも盆暮れくらいは実家に帰してやらなきゃいけねえし」
「おめえらは何か予定を入れてるのか?」
「いや――今のところ特にはまだ」
「だったら一緒に来ねえか。たまにゃ羽を伸ばすのも悪くねえだろうが」
「――そうだな。休み中ずっと家に篭りきりじゃ紫月も気の毒だ」
「だったら決まりだ。ウチのジェットを出すから一緒にどうだ」
なんだったら源次郎氏なども誘って――という周の気遣いに、鐘崎は素直に嬉しく思うのだった。
「ああ、じゃあ言葉に甘えさせてもらうか」
そう言うと紫月らを呼んで香港行きを打ち明けた。嫁たちが喜んだのは言うまでもない。
そうして盆休みには香港へと小旅行に行くことが決まった。仕事絡みではないので、久しぶりにのんびりと過ごせそうだ。周も冰も鐘崎らにとって少しでも息抜きになればと思うのだった。
結局、周らの方では李と劉、それに執事の真田と医師の鄧も同行することとなった。真田以外は皆香港に実家があるし、たまの里帰りも悪くない。真田としても元々は周の実母の家の執事だったこともあり、長年仕えた周の母親・あゆみに会えるのも楽しみのひとつなのだ。
鐘崎組からは源次郎が同行し、父の僚一が留守番を引き受けてくれた。仮に香港で不測の事態が起こったとしても、周ファミリーの本拠地だ。僚一としても安心して息子たちを送り出すことができるわけである。
そうして一行は香港へと旅立っていったのだった。
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