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春遠からじ16
だが、冰と紫月の部屋は別々だ。冰は周と一緒だし、紫月は鐘崎と同室だ。
「ふむ、この兄ちゃんたちは別々の部屋だ。この冰は俺と同室、こっちの一之宮はそこの兄ちゃんと一緒だからな。どっちがいい」
すると子涵 はちらりと二組の男たちを見上げながら、迷った挙句に紫月の方に歩を寄せた。
「ほう? そっちがいいのか」
周が訊くと、子涵は上目遣いながらコクンとうなずいた。
「だっておじさん、顔怖えもん……。こっちの兄ちゃんの方がまだマシ……」
鐘崎を指差しながらポツリとつぶやかれ、その瞬間に『なぬッ!?』というようにして周は固まってしまった。
「おじさん――だ?」
しかも今の言い草だと周のことはおじさんと言ったが、鐘崎のことは兄ちゃんと呼んでいた。
「おい……ガキ……」
コミックでいうところの――顔面に闇色のトーンでも載っていそうな顔つきで、ジロリと見やるその表情は蝋人形のようだ。その様子を見ていた紫月がすかさず少年の肩を抱き寄せながら笑った。
「おいおいおい、ンなおっかねえツラで睨むなっつのー。可哀想に怯えちまってるじゃねえの」
よしよし、大丈夫だからなと少年の頭を撫でる。周は依然苦虫を噛み潰したような表情で口をへの字にしている。
「プッ……ククク」
突如鐘崎が噴き出したのに、少年はポカンとしたように彼を見上げた。
「――だそうだ。坊主はこっちで預かる」
『じゃあな、おじさん!』と言いながらもヒラヒラと手を振って部屋へと入っていく鐘崎の後ろ姿を見つめながら、
「ンにゃろ……てめえだって俺と同い年のくせに――。おい、坊主! 言っておくがな、生まれた日からすっとそのオッサンの方が俺よか五ヶ月もジジィだかんな」
まるで両方の鼻の穴からフーッと息を吹き出さん勢いで地団駄を踏みながらも、すっかり以前の性質を取り戻したろう友を見つめる瞳が穏やかに細められる。
「白龍ったら! ふふふ」
冰はそんな亭主を誇らしく思うのだった。
部屋に入り少年の荷物を置くと、ちょうどメビィから鐘崎宛てにメールが送られてきた。添付ファイルが付いていて何やら容量も多そうだ。鐘崎が開いて目を通すと、それは彼女のチームが請け負っている案件と少年との関係などが詳しく記されているものだった。その間、紫月の方は少年の服などをクローゼットにしまったりしながら、自己紹介を兼ねて交流を図っていた。
「王子涵 君――だったな? 俺は紫月! 紫月でも紫月ちゃんでもいいぜ。んでもってあっちの兄ちゃんは遼二な! 遼でも遼ちゃんでも呼びやすいように好きに呼んでくれよなぁ!」
「紫……月ちゃんと遼ちゃん……?」
「ん! そうだ。仲良くしてくれなぁ!」
「う、うん……」
「よっしゃ! んじゃ、子涵 のクロゼを決めるべ。ここは俺も遼も使ってねえから、子涵 専用で自由にしてくれていいぜ」
「う、うん……ありがと紫月……ちゃん」
「いんや、どういたしましてー」
先程聞いた話では少々気難しい子供だということだったが、話し掛けられれば一応は応える素振りを見せている。こういう時にフレンドリーな紫月の性質には本当に助けれらる。鐘崎は心の中で感謝しつつも送られてきた資料にザッと目を通すことにした。
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