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倒産の罠11

 汐留、旧周邸――。  いつも周と冰が食事を共にしていたダイニングでは、香港から来た新CEOの曹来と李、劉。そして医師の鄧の四人が顔を突き合わせていた。鄧もまた、この計画を知る実行部隊の一人である。  主人の周がここを留守にする間、扇の要となるサポート役は多い方がいい。鄧も香港出身なので、曹や李たちとも阿吽の仲だ。これからしばらくはこの四人でツインタワーを守っていかねばならない。  これまで家事全般を取り仕切っていた真田は抜けたものの、調理場やハウスキーパーのメイドたちはそのまま残っている。周がここを出て行く時にそうしてくれと皆に頼んだからだ。  実のところ、いずれこの極秘任務が片付けば、周らも戻って来るわけだ。そういった意味でも家具類や使用人に至るまですべて残したまま新しいCEOの曹に明け渡すといった形を取ったわけだ。  むろんのこと使用人らにとっても本当のことは知らされていないので、心を痛めている者もいるようだが、元主人の周からも是非にと頼まれたからには精一杯務めようと思ってくれているようであった。 「社員さんたちはほぼ全員が今まで通り残ってくれたようだな」  朝食のパンをちぎりながら曹が言う。 「ああ。ほぼというよりも一人残らずだ。まだ社のトップが変わったことは公にはしていないのでな。各部署の部長クラスには一応伝えてあるが、皆いずれは焔老板が社を取り戻してくださると信じてくれているようだ」  李もまたスープを口に運びながら切なげに瞳を揺らした。 「さすがに|焔老板《イェン ラァオバン》だな。周風もそうだが、弟の焔君も人望が厚い」  曹にとって周は自らの主人の弟だ。幼い頃からよくよく知っているし、年も少々離れているので『焔君』と呼ぶのは昔からの口癖である。 「さて、この先のことだが、まずはここひと月の間にアイス・カンパニーの業績を跳ね上げることから始めるとする。既に香港のボスの方で手を回してくれている」  これまでも社の業績は申し分ない経営であったが、敵を触発する為には曹来CEOとしての実績を示さねばならない。曹がトップに座ったと同時に、目に見えて業績が伸びれば、次なる大企業の乗っ取りに向けて敵の信頼を得られるはずだからだ。そうなればいよいよこの乗っ取りを牛耳っている中核が姿を現すかも知れない。 「これまでの調べで乗っ取り犯らが使った手口が見えてきた。ヤツらは融資を必要としながら上手く運ばない中小企業に甘い言葉で助力を持ち掛けて、膨大な額を融資した挙句に返済ができないよう追い込むことで企業ごと乗っ取るというやり方をしている」  曹が皆に資料を手渡しながら説明を続ける。 「まずはここ一ヶ月で当社の業績を跳ね上げ、頃合を見計らって次は香港にある周ファミリー直下の五つ星ホテルをターゲットにしないかと敵に持ち掛ける。その時点でここアイス・カンパニーとホテルの経営者が周ファミリーの息が掛かった関連企業だと打ち明け、マフィアの組織そのものを手に入れたらどうだと提案するつもりだ。おそらくその時点で敵の黒幕がいよいよ姿を現すと踏んでいる」  そこまで運べれば後は丹羽ら日本警視庁の出番だ。

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