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倒産の罠13

 こうして紫月らの完璧な警護体制の下、しばらくは何事もなく過ぎていった。周は早朝から工事現場へと働きに出掛け、続いて冰が図書館へ向かう。そんな二人を送り出した後、真田は掃除洗濯と食事の支度などをしながら一人アパートで留守番の日々だ。夕方になると冰が先に帰って来て、真田と共に夕飯の支度をして亭主の帰りを待つ。 「真田さん、お味噌はこのくらいでいいですかー?」  今晩の味噌汁は野菜をたっぷりと使った豚汁だ。 「どれどれ――、ん! 美味しゅうございますよ!」 「わ! 良かったぁ」  二人仲睦まじく味噌汁の鍋の前で微笑み合う。 「白龍は力仕事ですもんね。たくさん栄養つけてもらわなきゃ!」  汐留の邸と比べれば雲泥の差といえるような小さな部屋の中、それでも冰は楽しそうだ。彼にとって周と共に居られれば何もいらないというのは本心なのだろう。真田はそんな冰を見つめながら、切なくも有り難い思いでいっぱいになるのだった。口には出さないまでも、本当に坊っちゃまは良きご伴侶を得られたと胸を熱くする。真田にとってはもう思い残すことはないと思えるほどであった。  少しすると周が帰宅、アパートの階段を登ってくる足音に気づくと、冰はまるで飼い主を迎える仔犬のようにして玄関へと飛んでいった。 「白龍、お帰りー! 疲れたでしょ? お風呂沸いてるよー」 「おう! ただいま」  周の作業着や首に掛けられているタオルを受け取って胸に抱き締める姿――朗らかな笑顔はまるで本当に仔犬のようだ。思いきり尻尾を振って主人を出迎えるような姿が浮かんでしまう。 「白龍……ん、ホント……どんな格好でも白龍はカッコいいんだから……」  汐留にいた時のダークスーツ姿はもちろんサマになっていたが、タンクトップにニッカポッカという今のスタイルも誠良く似合っている。逞しい筋肉の張った肩や腕はドキドキするくらい雄々しいし、無造作に首に引っ掛けたタオルでさえ男の色香をたたえている。冰は目を白黒とさせながら視線を泳がせては頬を朱に染めるのだった。 「白龍、今日は豚汁なの! 真田さんが具材たっぷり入れてくれたんだよ!」 「お味噌は冰さんが調整されましたぞ! とっても美味しいお味に出来上がりました」 「そうか――。そいつぁ楽しみだ。お前らも疲れているところ毎日すまんな」 「ううん、全然! 真田さんにいろいろ教わってちょっとずつだけど俺もお料理覚えてくのが楽しいよー」  明日の弁当はハンバーグだそうだ。周は工事現場の仲間たちと共に昼は定食屋やラーメンが定番なのだが、十時や三時の休憩時につまめるようにと弁当持参なのだ。  冰は料理の本を買ってきて、あれやこれやおかずを考えるのが楽しみになっているようだ。どんなに環境が変わろうと絶えないその笑顔が、周にとっては真に宝物と思えるのだった。  風呂と夕飯が済むと、時刻はもう九時になろうという頃だ。 「明日も早いもんね。そろそろ休もうか」  汐留の時から比べれば周の出社時刻は二、三時間も早くなっている上に体力仕事だ。疲れが取れないといけないと思い、冰は真田と一緒に洗い物を片付けると、すぐに布団を敷きにいった。  六畳の部屋は布団以外は小さなテレビがあるのみだ。他の荷物は押し入れに詰め込まれていたが、実際は少しの着替え程度である。これまでは寝る前にバーカウンターで紹興酒を作ったり、大画面のテレビで雄大な世界の景色などを観ながらそれこそどんな寝相をしても有り余るほど広かったベッドも今はない。それでもキングサイズの布団はフカフカで、包まれると気持ちが良かった。  常夜灯にして早速眠ろうとしたところ、周がパチリとテレビのスイッチを入れたのに驚かされた冰だった。

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