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身勝手な愛14
「いえ――はっきりそうとは言い切れません。あの時ヤツは『老板 には堅気の企業人ではなくマフィアの周焔 でいて欲しい』と言っていたので。ただ……よくよく思い返してみれば、老板 のことを『あの人』と言ったり……もしかしたら単に後継を取って欲しいというよりも、老板 個人に対する何らかの思いがあるようにも感じられて……」
それが恋情であるとは限らないが、純粋にマフィアトップの座に押し上げるという以外に思惑があるように思えてならない――というのが李の直感だそうだ。仮にそれが当たっているとすれば冰を邪魔に思って拉致したという線は色濃くなってくるだろう。
「うむ、やはり郭芳 が糸を引いているという線で当たってみるしかなかろう。他に手掛かりが無え今だ。臭えところから着手するのも手だ」
「――そうだな」
鐘崎と紫月、それに源次郎の三人は冰が姿を消したレストラン周辺の聞き込みと、再度防犯カメラ等を当たることにして、周と李は郭芳が連絡を取ってきたという者たちから更に詳しく話を聞くと共に郭芳が潜伏しそうなヤサの割り出しを急ぐこととなった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃――。
当の冰は混沌とした意識の図中にあった。頭の中にもやが掛かったように朦朧とする中で、幾度も脳裏に浮かんでくるのは同じ映像だ。それはつい先程まで周らと共に食事をしていたレストランでの出来事だった。
食事を終え、皆で席を立った。源次郎は車を回してくると言って一足先に表通りへと出て行った。周は鐘崎と共に会計をしていた。紫月もおそらくは周辺にいたはずだ。そこまでははっきりと覚えている。
異変が起こったのはその直後だった。入り口で周らを待っていたところへ見知らぬ男が近付いて来てこう言った。
『今、アンタと一緒に食事をしていた男たちだが――彼らのことを我々の仲間が銃で狙っている。ここでブッ放されたくなければ黙ってついて来い』
驚く間もなくその場から連れ出され、レストランの入っていたビルの裏階段を走らされたところまでは記憶があった。その後、薬物のようなものを嗅がされ意識が遠のいてしまったようだ。
未だ脳裏を巡るのはその時のことが一部始終――延々と頭の中でリピートされるのみだ。
……さん! 冰さん……!
遠くから微かに誰かに呼ばれる気がして、脳裏を巡っていた映像が途切れた。その瞬間、ぼんやりと視界に飛び込んできたのは見知らぬ老人たちの顔――誰もが心配そうにこちらを見下ろしながら、焦燥感いっぱいといった顔つきでいる。
「ん……。あ……の……ここは……?」
ようやくのことで意識を取り戻したことに安堵したのだろうか、老人方は胸を撫で下ろすように誰もがホッと溜め息をついたのが分かった。
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