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陰謀 プロローグ

 雪吹冰(ふぶき ひょう)にとって幼い頃自分を窮地から救い上げてくれた漆黒の男、周焔(ジォウ イェン)との暮らしは大いなる幸せであり、信じられないくらいの深い愛情に包まれていることは言わずもがなだ。もちろん周と人生を共にすることで、これまで様々驚かされるような事件に巻き込まれたりしてきたのは事実だ。普通に生きていたならばおおよそ体験しないような事柄も多々あった。中でも一番多かったのが見知らぬ誰かに突如連れ去られる――などといった、いわば拉致だ。  周焔は表向き大きな商社を経営する企業人で、年若くして大成功といえるだろう人生を歩んでいる精鋭だ。  だがその素性は平凡とはかけ離れた裏の世界に身を置くマフィアである。彼の父親は香港の裏社会を仕切る組織の頂点にいる人物で、故に付き合いのある周囲の人々もまた、ほぼすべてが裏の世界に身を置く者たちといえる。側近の李、劉、医師の鄧、親友の鐘崎遼二と紫月、その他香港のファミリー。  だがその誰もが信頼のおける人々で、今では本当の家族同然の付き合いでいる。例え拉致に遭おうと事件に巻き込まれようと、皆で力を合わせて乗り切ってきた仲間といえる。  ある意味波瀾万丈ともいえる中、周りの人々との固い絆によって結ばれ、冰は幸せな人生を送れていた。そんな冰にとって、そしてその亭主である周焔にとってもさすがに驚かざるを得ない出来事が降り掛かろうとは、周囲の仲間たちを含め誰もが予想できずにいた。  周と冰にとって互いの絆を試される、そんな波乱の日々が幕を開けようとしていた。

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