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三千世界に極道の涙9

 最上屋に行くと、更に詳しいことが分かってきた。  大空証券がこの店を贔屓にし始めたきっかけは、そこの常務と店の主人が高校時代の同級生だったからだそうだ。常務自身はそう頻繁に顔を出すわけではないそうだが、汰一郎の所属する営業部が取引先を接待する際にはよく使ってくれていたらしい。芸妓の中には汰一郎や代田のことを覚えている者たちが数人いた。  彼女らから直接話を聞いたところ、一等最初の頃は代田の父である頭取も訪れたことがあったという。息子の方も一緒だったそうだが、さすがに父親の前ではおとなしかったようだ。その後、次第に息子だけが出入りするようになり、汰一郎と二人だけでやって来ることも増えていったそうだ。 「それがおかしいんですのよ。支払いは毎回汰一郎さんがお持ちなさって――。代田さんは酒豪でしたから……かなりお代も張っておりましたわ。会社の経費で落ちるのかも知れませんけど、正直なところお仕事のお話をしていることなど殆どありませんでした」 「姉さんのおっしゃる通りですわ。どう見ても会社のお金で遊んでいるようにしか思えませんでしたもの。こんなことがバレたらたいへんじゃないかしらって、いつも皆で噂しておりました」  つまり、汰一郎は会社の金を着服してこの地下街に通い続けていたというわけだろうか。それはともかくとして、芸妓たちからはもっと驚くべき話が飛び出した。なんと、この店の御職を張っている涼音と汰一郎がいい仲のようだと言うのだ。 「汰一郎さんはお一人でいらっしゃることもあったんですけど、そういう日は必ず涼音さん姉さんをご指名されていましたわ。聞くところによると、将来を誓い合ったとか。涼音さん姉さんははっきりお認めにはなっていないようですけど、汰一郎さんのことを話す時はとても嬉しそうにされていて、周りで見ている私たちにとっては本当に幸せそうに思えましたもの」 「汰一郎が御職の涼音といい仲――とな」  そういえば源次郎もそんなことを言っていた。汰一郎には近々所帯を持つ予定の相手がいて、源次郎にも是非紹介したいと言われたらしいが、それがここ最上屋の涼音というわけだろうか。直接本人に確かめたいところだが、あいにく涼音は昨夜から公休だそうで、今日は地上へ買い物に出掛けていて留守であった。 「ふむ、少々話が入り組んできたものだ……」  ともかく一度組に帰って源次郎にこのことを報告するしかない。明日になれば涼音も戻って来るというので、出直すこととなった。  ところがである。一旦組へ帰ってみると、なんと源次郎の方にも再び汰一郎が訪ねて来たそうで、鐘崎らは更に驚かされることとなった。彼の要件は結婚を予定している女性が仕事先で危ない目に遭っているので、源次郎に助けてもらえないかと言ってきたのだそうだ。相手の女性というのは、やはり最上屋の涼音という芸妓で間違いないとのことだった。

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