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封印せし宝物12

「ボウズ――、俺は卒業したら少し遠い所へ行かねばならなくてな」 「――? 遠い所?」 「日本という国だ。そこで仕事に就くんだ」 「日本? それって僕のお父さんとお母さんの国……」 「そうだ。お前さんの故国でもある。そういう俺の母親も日本の生まれでな」 「お兄さんのお母さん? だから……日本に行くの?」 「ああ。俺にも半分はお前と同じ日本人の血が流れている。卒業したら――こうしてしょっちゅう会いに来ることもできなくなるが」  達者でいるんだぜ――。  そう言おうと思った矢先だった。急にうつむいて、今にも泣き出しそうに唇をギュッと結びながら小さな肩を震わせた。 「――ボウズ?」 「…………もう……お兄さんと会えなくなるの?」 「会えなくなるわけじゃねえ。今までのように頻繁には来られなくなるというだけだ。春節の頃には毎年この香港に戻って来る。お前さんにも必ず会いに来ると約束する」 「…………うん」  冰は涙こそ見せなかったものの、大きな瞳を震わせながらギュッと唇を噛み締め――。それは懸命に寂しさを堪えているかのようだった。  無言のまま腰に両手を回して抱き付いては、まるで『行かないで』とでも言うように、ただただしがみついてきた。  堪らずに小さなその身体を抱き締め返して、そのまましばらく――どちらからとも言葉を交わさぬまま温もりを重ね合った。 「ボウズ、約束する――。春節には必ず会いに来る――! それにもしも――」  もしも黄のじいさんに万一のことがあれば、俺は必ずお前を迎えに来る。一人ぼっちには絶対にさせない!  だから安心して――元気でいてくれ!  万感の想いを込めて周は両腕の中に幼い少年を抱き締めた。香港の街を見下ろす小高い丘の上で、夕陽に染まる空に包まれながら――その陽が沈んで宵闇が百万ドルの夜景を映し出すまでずっと、ずっと――ひしと抱き締め合いながらその景色を胸に刻みつけたのだった。 ◇    ◇    ◇  もう冷めてしまったコーヒーを見るともなしに見つめながら、周は伏し目がちで薄く笑った。 「それが――冰と出会ってから一年の間にあった出来事だった。俺たちは共に過ごし、本当に幸せで楽しい一年だった」  そんな幸せな日々が暗転したのは、周が香港を離れることを告げて少ししたある晩のことだった。黄老人から冰が高熱を出して緊急入院したとの知らせを受けたのだ。聞けば非常に危険な状態だという。周は取るものもとりあえず、すぐに入院先の病院へと駆け付けたのだった。 「原因は分からなかった。初めはただの風邪だと思ったそうだ」  ただ、次第に熱が上がり、あまりの高熱に驚いた黄老人が救急車を呼んだところ、このままでは命の危険に関わるかも知れないと言われたそうだ。

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