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封印せし宝物14
「冰は自分の両親が亡くなったことも、その原因もすべて覚えていた。黄のじいさんのことはもちろん、俺と会った日のことやクリスマスにケーキを贈ったことなども覚えていてくれたが、俺と過ごした一年間のことはすっかり忘れてしまっていたんだ。俺のことは――例の抗争事件の時に自分をチンピラ連中から助けた見知らぬお兄さんということしか覚えていなかったそうだ」
つまり、周に助けられて以降、共に過ごした一年程の記憶がすべて抜け落ちてしまったということらしい。
そこまで聞いて、鄧はなるほどと小さな溜め息をこぼした。
「やはり――自衛本能による記憶喪失ということだったのでしょうか」
「自衛――?」
鐘崎と紫月がどういうことなのかと首を傾げる。
「人は酷く辛いことがあると、自分を守る為に自衛本能が働くことがあります。当時の冰さんの場合、分かりやすく言えば覚えていると辛過ぎることを忘れてしまったということになるかと思います。大人であればある程度気持ちの制御がきくかも知れませんが、当時まだ幼かった冰さんにとって、老板と離れ離れになることがそれ程に辛かったのでしょう。しかもご両親を亡くされたばかりで頼る者は数少ない。黄老人もご高齢だったということからして、無意識の中でも不安を感じていたというのもあるかも知れません」
それが自衛による記憶喪失の正体というわけか――鐘崎も紫月も当時の冰の幼心を想像しながら、胸の痛む思いでいた。
「老板が日本に行ってしまえばおそらくは毎日のように泣いて暮らすだろう日々が続くのが分かっていた。そうなれば自分自身も辛いし、黄老人にも心配を掛けることになる。共に過ごした日々を忘れることで、そういった寂しさから自分を守ろうという本能が働いたと考えられます」
ゆっくりとソファから立ち上がり、遠く香港の位置する方角を見つめながら鄧は続けた。
「それでも老板のことは決して忘れたくなかった。だから助けてもらった日のことだけは覚えていたのでしょうね。その後の楽しい思い出は覚えていると辛くなる。だから自衛本能が働いて忘れてしまった――というよりも、記憶そのものは冰さんの心のどこかに確かにあって、ただそれが見えないように閉じ込めて鍵を掛けてしまったという表現に近いと思われます」
ひとつ不思議なのは、クリスマスのケーキの件だと鄧は言った。
「クリスマスに老板からケーキを貰ったことは、冰さんにとって心温まる嬉しい思い出のはずです。他のことは忘れているのに、何故それだけを覚えていたのかが少々不思議ですが……」
「クリスマスケーキか……。そういえばあれを届けた時、冰は近所の子供らと遊びに出掛けていたな。俺も用事があったし、冰には会わずに黄のじいさんに渡して帰って来ちまったんだが」
「そうでしたか」
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