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封印せし宝物16

 とかく冰にとってはそれほど慕っていた兄にも等しい相手がいずれは遠く離れた異国へ行ってしまう。頻繁には会うことが叶わなくなる。幼心には受け止めることができないほどに辛かったのかも知れない。だから無意識に記憶を封じてしまった。それが鄧の言うところの『自衛』ということなのだろう。  だが当の周にはそれらの症状が分かっていたようだ。 「十五年前、鄧の親父さんにも同じことを言われてな。だから俺は――それ以後冰に会いに行くことをやめたんだ。あいつにとって俺は単なる恩人の一人で、時が経てば自然に忘れてしまう存在で構わない。あいつが――これからの長い人生を苦しまずに生きていけるならそれでいい。俺は間もなく香港を離れる身だ。側にいてずっと見守ってやれるわけじゃない。黄のじいさんと共に穏やかに暮らしてくれればそれが一番だと――そう思ったのだ」  それ以降も時折は黄老人と冰の暮らしぶりを見に行ったものの、陰からそっと見守るだけに留め、直に顔を見て会ったり言葉を交わしたりすることはしなかったそうだ。 「香港を去る前日、俺は黄のじいさんに別れを告げに行った。冰が学校に行っている時間を見計らって、あいつには会わずに帰るつもりだった。だがあいつは――冰は俺に助けられたことをずっと覚えてていてくれて、常日頃俺はどうしているかと、あの時のお兄さんに会いたいと言ってくれていたそうだ。じいさんからそう聞かされて本当に嬉しかった」  しかも周がアパートを後にする際に入れ違いで帰宅した彼は、慌ててその姿を捜しに階下の道路まで降りて来てくれたそうだ。 「たった一度会った時の記憶しかなくてもそんなふうに思ってくれていることが嬉しくて、心が揺れた……。何も日本へ行かずともこの香港で起業すればいいじゃないかと――幾度迷ったことか知れない。幼いあいつを置いて香港を離れる自分は薄情者だと、そうも思った」  だが、香港に残れば周囲からはやはり父親の跡目を狙っているのだろうと疑われ、継母や兄にも迷惑を掛ける。日本での起業に当たっては前々から父の隼にも土台となる数多の援助を受けており、土壇場で香港に残りたいとは言い出せないのもまた現実だったのだ。 「結果的に俺は冰よりもてめえの人生を選んだようなものだ……。あの時、ファミリーへの恩も……何もかもを捨ててあいつと共に生きる道を選ぶこともできただろうに……俺はそうしなかったのだ」  だが冰は十二年が過ぎても自分のことを覚えていてくれて、自らこの日本にまで訪ねて来てくれた。

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