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封印せし宝物30

(そうだよ、俺覚えてる……。このお店でお饅頭を買ってもらって一緒に食べたんだ)  だが、その相手が誰だったのかが思い出せない。ただひとつはっきりしているのは、相手が黄老人でも同級生の誰かでもなかったということだ。  ではいったい誰とここへ来たというのだろう。ドキドキと胸が高鳴る――。  そういえばその時もこうしてドキドキと胸を高鳴らせたように思う。とても幸せで嬉しくて、ずっとこの瞬間が続けばいいと思ったような気がする。 (俺は多分、その人のことをすごく慕っていたんじゃないかな……)  肝心のその人が誰なのかは思い出せないが、一緒にいるだけで見慣れたはずの景色が別世界のように輝いて見えた気がするのだ。 (あの人は誰……?)  強いて言うなら周と似たような感覚だろうか。側にいるだけで心が浮かれて、たわいのない普通のことがすべて薔薇色に輝いて見えるような――言いようのない高鳴りを運んでくる感覚。  だが周であるはずがない。 (だって白龍とは初めて助けてもらった時に一度会っただけで……その後はまったく会えなかったんだもの)  会いたいと思っても子供の自分にはどうすることもできなかった。黄老人は『あのお人は忙しい方なのだよ』と言っていたし、どこに住んでいるかすら知らなかった。幼い自分がおいそれと会いに行けるような相手でないのだろうことは黄老人の様子からも何となく窺い知れていた気がする。あのお兄さんはきっと家柄も立場もある立派な人なのだろう、幼心にそう思っていた。  周によく似た感じの知り合いなんていなかったはずなのに、どうしてこれほどまでに胸が騒ぐのだろう。  ふと、視線を上げた先に周と鄧海が饅頭やドリンクを手に目の前の店から出て来る姿が視界に飛び込んできた。 (そういえば白龍の格好……。いつもと違ってすごくカジュアルっていうか)  ホテルを出る時からアパートまではトレンチコートを羽織っていたので気が付かなかったが、それを脱いだ周の服装は普段あまり目にしないラフなものだった。言い方は悪いが若作りというのだろうか、紫月などはよくそんな雰囲気の服装をしているが、周は休日であっても割合固めというか、クラシックな大人の装いでいることが多い。それが今日は真逆のスポーティ全開だ。  確かに彼のような男前ならどんな格好をしても似合ってしまいそうだが、ここまでラフなのは南の島のリゾートに行った時くらいしか見たことがない。何故今日に限ってそんな服装を選んだのか分からないながらも、冰は呆然とこちらに歩いて来る亭主の姿を見つめたまま視線を外すことができずにいた。

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