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絞り椿となりて永遠に咲く14
三日後、渋谷――。
指定されたバーに行くと三春谷が逸ったような顔つきで迎え出た。
「紫月さん、紫月さん! こっちです!」
「おう」
「よく来てくださいました! お忙しいところ時間割いてもらって恐縮っス!」
「いや。いいバーな?」
いつも通り気さくな笑顔で席についた。陰からは橘と春日野、そしてまた別行動で源次郎と清水がそれぞれ客を装って店内に散らばる。鐘崎は源次郎らに持たせた通信機を通しながら、店の外の道路に車を停めて待機した。
店内の様子は外から見えない造りになっているが、音は通信機を通して拾えている。紫月はごくありきたりの会話で三春谷と向き合っているようだ。
「礼だなんて、わざわざ良かったのに」
「いえ、この前はご亭主にご馳走になっちまったし――何かしないと自分が落ち着かないっスよ」
「そりゃご丁寧に。すまねえな」
愛想を見せながら笑うも、『ご亭主』という言い方は気に掛かるところだ。男同士で結婚しているのだから旦那とか嫁とかと定義付ける言い回しには遠慮があるのだろうが、はっきり『ご亭主』というところから勘繰るに、鐘崎の方が『夫』で紫月の方が『妻』の立ち位置なんでしょう? と訊かれているような心持ちにさせられるからだ。
だがまあ、そこのところは深く突っ込まずにたわいのない会話を心掛けた。
「会社、この近くなんだって? 建設会社だっけ」
「ええ、まあ」
「婚約者さんとは職場で知り合ったんだべ?」
「そうです」
当たり障りのない会話を振るも、三春谷の方からは相槌を打つだけで積極的には会話が弾まない。
「どした? 元気ねえじゃん」
「……いえ、そんなことは」
「幸せの絶頂だってのにー」
「……そうスね」
「らしくねえぞー。なんか悩みでもあるん?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
グズグズと煮え切らない空返事を繰り返していたが、突如三春谷が真面目な顔付きで姿勢を正した。
「実は……紫月さんにお願いがあって」
「お願い? 俺に?」
何だよーと明るく笑ってみせる。まさかこの直後に想像だにしない言葉が返ってくるなど思いもよらなかった。
「あの……紫月さん。一度でいいんです。結婚しちまう前に……一度だけ……俺の頼み聞いていただけませんか?」
「頼みって?」
「一度だけ――俺と寝てくれませんか」
は――?
「寝るって……お前。冗談言ってる暇あったら嫁さん大事にしなきゃダメだべ」
「冗談なんかじゃないス! 俺、俺……前からその、お、男にも興味あって……。紫月さんのこと高校の時から憧れてましたし……」
「憧れ? 俺にかー? や、そう言ってもらえんのは恐縮だけどさ。お前もうすぐ結婚するんだべ? 変なことに興味持つ暇があったら嫁さんのこと――」
「結婚するからです! 結婚したら……もう自由な時間なんて無くなる……。その前に一度でいいんです。男とも……その、経験してみたくてですね」
「経験って……」
さすがの紫月も冗談と受け流すべきか、それともここは真剣に諭すべきか迷うところだ。
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