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人気者のお手本みたい②

「そりゃ、同業のライバル会社にはそうするけどさ、何で味方なのに武器を用意しなきゃいけないんだよ」 「味方……」 「桐ケ谷、面白いな。俺、ずっと弟って存在に憧れてたんだよね。桐ケ谷みたいな弟がいたら、毎日楽しいんだろうなぁ」  目を細める久我が陽だまりみたいで、玲旺は無意識に小さな笑みを返していた。温かいと感じた瞬間、直ぐに背中がヒヤッと冷たくなり、玲旺は笑顔を消して久我から目を逸らす。  駄目だ。  折角築き上げた高い壁を壊すな。御曹司の武装を保て。  これ以上馴れ馴れしい態度をとられないよう、強い言葉で言い返せ。  何をこんなに喜んでいるんだ。  味方と言われたくらいで。弟と言われたくらいで。 「俺も……。俺も、兄貴がいたらいいのにって、ずっと思ってた」  突き放すつもりで開いた口から、思いがけず飛び出した言葉に自分自身で驚いて赤面した。何を言ってるんだろうと、両手で口を覆う。久我は嬉しそうに椅子から立ち上がると、狼狽える玲旺の両肩を掴んだ。 「そうか! じゃあ、俺のこと兄貴だと思ってよ。俺も桐ケ谷のこと、弟だと思って可愛がるから。あ、でも仕事は甘やかさないからな。キッチリ一人前に仕込むから、覚悟しろよ」  触れられた両肩が温かい。  嫌だ、怖い。  そう思う反面、ずっと寂しかったんだと思い知る。     気取らずに笑いかけてもらえることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。  だけどやっぱり離れなくちゃ。  温かさに慣れてしまったら、二度と寒い場所には戻れなくなるから。    久我を押し戻すと、玲旺は距離を取るため一歩下がった。 「近い。気安く寄るな」  精一杯の虚勢を張って、自分より背の高い久我を睨む。それでも久我は笑顔を崩さず、今度は机の上の資料を鞄に詰め始めた。 「よし。じゃあ、外回りに行くか」 「は?」  言うと同時に颯爽とオフィスを飛び出す久我を慌てて追いかける。一歩一歩の足運びが大きいので、玲旺は速足で付いていかねばならなかった。  廊下で久我とすれ違うと、営業部はもちろん他部署の者まで親しみを込めて声を掛けてくる。その度に久我も相手の名を呼びながら笑顔で応えるので、社員全員の名前を覚えているのだろうかと玲旺は驚いた。  人気者のお手本みたいだなと先を行く背中を眺めていたら、突然くるりと久我が振り返った。

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