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*第33話* 濡れネズミと黒い猫

「うわ、雨だ」  はじめポツポツと遠慮がちに降っていた雨粒は、徐々に大粒となり勢いを増していく。玲旺は慌ててチケット売り場へ続くテントに駆け込んだ。  あっという間に土砂降りになり、まるで雨のカーテンに閉じ込められたような気分になる。 「凄いな日本は。これじゃまるで、熱帯雨林のスコールじゃん」  雨が降るとは聞いていても、まさかここまでと思わなかった玲旺は顔を引きつらせた。恐らく藤井でさえ、こんなに派手な雨が降るとは予想していなかっただろう。流石にこれを想定していたら、公園散策など許すばずがない。  前髪から水滴がポタポタと流れ、顎を伝ってシャツに落ちた。  雨に当たった時間は短かったが、スーツの色が変わるくらいには全身濡れている。これでもし風邪でも引いたら、「だから言ったではないですか」と藤井に叱られそうだ。  しばらく頭が上がらないなと参ったように腕を組んだ時、ふと視線を感じて周囲に目を向けた。  影と同化していて気付かなかったが、同じテント内の少し離れた位置から、濡れた黒猫が丸まってこちらの様子をジッと伺っている。 「何だ、雨宿り仲間がいたのか」と体の向きを変えると、猫は警戒したように腰を浮かした。玲旺が一歩でも動いたら、猫は雨の中へ飛び出してしまいそうだ。それは流石に忍びないので、玲旺は静かに前に向き直る。目の端で猫が警戒を解いて再び丸まったのが見えた。  猫が落ち着いてくれたことに安堵しながら、滝のような雨を再び眺める。  叱られるのを覚悟で電話しようとスマホの電源を入れると、電池の残量がほとんどゼロで青ざめた。  そう言えば飛行機の中で充電しようと思ったまま、すっかり忘れていたのだ。絶体絶命だなとスマホを睨んでいると、藤井から電話が掛ってきた。「貴重な電池が!」と慌てて応答する。 『やっとつながった! 玲旺様、今どちらに?』 「悪い、東京タワーのチケット売り場のテントにいる。もう充電切れそうでさ、ヤバいんだ」  雨音に負けないように声を張り上げた。『チケット売り場のテントですね』と藤井が繰り返したと同時に通話が途絶える。 「あっぶねぇ。ギリギリ伝わったかな」  ここで待っていたら迎えに来てくれるのだろうかと不安に思っていると、追い打ちをかけるように雷鳴が轟いて思わず身をすくめた。  ニャァと猫が小さく鳴いて、一層体をちんまりと丸める。不憫に思った玲旺はしゃがみ込み、猫に向かって手を差し出した。 「こっちにおいで。ここで会ったのも何かの縁だ。俺がお前のシェルターになってやる」  再び稲妻が光って猫の体は縮こまった。背に腹は代えられないと思ったのか、猫は差し出された指に用心深く近づくと、鼻先を擦りつける。 「何だ、オマエ首輪してんじゃん。散歩中に雨に降られたの? 災難だったね」  猫を抱き上げ懐に入れ、安心させるように背中を撫でた。 「このスーツ、フォーチュンのフルオーダーで一番いい布使ってんだぜ。居心地いいだろう」  幾分か雨脚は弱まってきたが、相変わらず雷は鳴り続ける。余程近くに落ちたのか、白く光ったかと思うとバリバリと空気を揺らすほどの爆音が響いた。その拍子に胸に抱えていた黒猫が驚いて、玲旺の腕から雨の中に飛び出してしまった。

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