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第10話

月が半分以上欠けたある夜。 俺は死んだ後の為に玄ちゃんに手紙を書いた。 ---------- 玄ちゃんへ。 これを読んでいるという事は、俺は無事に逝ったようですね。 玄ちゃん。今まで俺の愛を受け取ってくれてありがとう。小さい頃から、あなたの事が、大好きでした。もちろん今も変わらず愛しています。 玄ちゃんの一番好きな所は、とっても優しい所です。小さい頃、穴を掘る俺に話しかけてくれたよね…小学校でも、周りの子にからかわれても、手を離さないでいてくれたよね。中学校でも、俺が泣くと…引き返して手を引いてくれた…全部覚えていて、全部俺の大切な思い出です。 そんな優しい玄ちゃんに最後も甘えたいです。 俺のお経は玄ちゃんがあげてください。 成仏しないけど、玄ちゃんの立派な法衣姿を見たいです。 俺の骨は、共同墓地に埋めてください。 散骨しても良いよ。それかダイヤモンドを作っても良いよ? 指輪は俺が貰ったので、奥さんには別の物を用意してください。 そして、玄ちゃんが死ぬときは俺がお迎えに行きます。 だから怖がらないでね。 いつかまた会うその時まで しばしの別れです。 またね、玄ちゃん。 愛してるよ。 梅之助 ---------- 涙で文字が見えなくなって、何度も書き直して書いた。 それを丁寧に畳んで、綺麗な色の封筒に入れる。 愛を込めた息を吹き込んで、封をする。 遺品なんて呼べそうなものは何も持っていない… しいて言えば、玄ちゃんの家の包丁は多分俺が一番使ったものかな… 封筒を本の間に挟んでしまう。 息を深く吸って、吐き出して、呼吸を整える。 窓の外を覗いて天の月を見る。 「かぐや姫もこんな気持ちだったのかな…」 自分の言葉に自分で吹き出して笑う。 隣の部屋から物音がして、俺の部屋の扉がノックされる。 「どうぞ~」 俺が言うと、玄ちゃんが扉を開けて入ってくる。 「梅ちゃん、トランプしようか?」 手にトランプを持って遊びに来た。 「いいよ。」 俺は満面の笑顔でそう答えると、玄ちゃんと2人でババ抜きをした。 2人でやるババ抜きはあっという間に終わるのに、とても楽しかった。 「玄ちゃん、今日は俺の隣で寝て行ってよ。」 お布団を敷いて寝転がると、俺は自分の隣をポンポンと叩いて玄ちゃんを誘った。 「いいよ。」 玄ちゃんはそう言って俺の上に覆いかぶさってくる。 これはいけない。 玄ちゃんの胸に手を置いて、顔を見る。 「梅ちゃん。新月まであと3日だよ。」 「うん。そうだね。」 真顔だった玄ちゃんの目から、大粒の涙が降ってくる。 俺の顔にポタポタ落ちて俺を濡らしていく。 「玄ちゃん…溺れちゃうよ!」 俺はそう言って笑うと玄ちゃんの涙をパジャマで拭ってやった。 「泣かないで…玄ちゃん、泣かないで…」 俺は体を起こして玄ちゃんを抱きしめた。 「梅ちゃん…やっぱり俺と居てよ…梅ちゃんがいないと…何もできないよ…」 可愛いんだ…とっても可愛くて、大好きだ… 「玄ちゃんは俺の旦那さんだから、俺が居なくても立派に生きていけるんだ。」 「どうして?どうして行くの?」 「それは、俺が望んだからだよ…」 「どうして死神と逝きたいの?俺よりも、死神の方が好きなの?」 そんな事じゃないって分かってる筈なのに、そんな事言って… 俺は玄ちゃんの前髪を両手で掻き分けて、玄ちゃんのおでこにキスする。 そして、両目をよっく見て言う。 「んなわけないだろ!ばかやろう!」 俺の命は死神の命だ。 「命を、返さないといけないからだよ。」 そう言って彼にキスする。 彼はそのまま俺に抱きついて、俺の腹の上で泣いている。 俺は彼の背中を撫でて、落ち着くまで声を掛ける。 月の明かりが青白く窓から差して、俺達を照らしている。 「玄ちゃん…?俺としたい?」 俺の腹で泣き疲れて微睡む彼に聞く。 何故かって?俺も玄ちゃんとしたいからだ。 「したいよ。梅ちゃんを抱きたいよ。ずっと抱きたいって思っていたよ。」 玄ちゃんはそう言って、俺の顔に近付くとキスしようとするから、慌てて言った。 「最後の日。最後の日に抱いてほしいよ…何でかって言うと、あの時…死神に発情した自分を見て、とても怖かった…もし、またあんな風になったら、最後の時が台無しになってしまうじゃないか…俺と玄ちゃんの…最後の時が…そんなの、絶対嫌なんだ…」 彼の頬を包んで言うと、彼は少し残念そうにしたが、俺に軽くキスして、分かった。といった。俺は彼の首に抱きついて、ありがとう。と伝えた。 「夜逝くよ。真っ暗な新月の夜に。俺の大好きな穴掘りする所で。」 狭い布団で体を密着させて、玄ちゃんと月を見ながらおしゃべりする。 「穴掘りの所って…あんな所が良いの?」 「あそこの土は良い土なんだよ?」 ふぅん…興味の無さそうに玄ちゃんは言って、俺の体を抱く。 「梅ちゃん。お休み。」 「じゃあ、他に良いところある?」 俺は急に不安になって玄ちゃんにアドバイスを求める。 「そうだな…ご神木の前…」 あぁ…あそこも好きだ… 「玄ちゃんの言うとおりにしよう。」 俺はそう言って、玄ちゃんの腕を撫でながら、目を瞑る。 「玄ちゃん…愛してる。」 「梅ちゃん…俺も愛してるよ…」 玄ちゃんが小さくそう答えた。 玄ちゃん… 玄ちゃん… 「俺が死んだら、読んで?」 約束通り、新月前夜に玄ちゃんに抱かれた。 玄ちゃんの体に久しぶりに触れて、嬉しかった…興奮すると、やっぱり目が黄色くなってしまう様で、それ以外は普通に愛し合った…玄ちゃんがかっこよくてたまらない。 Tシャツとパンツを履いて、2人で玄ちゃんのベッドに寝転がると、俺は自分の部屋から本を持ってきて彼に渡した。 「なに、これ?」 「玄ちゃんへお手紙。」 本を開いて、綺麗な封筒を彼に渡す。 「封は開けないで!明日。俺が旅立ってから…開けて。」 何故だろう…ずっと平気だったのに、涙がボロボロ落ちてきて、声にならない… 手が震えて、彼の体にしがみ付いて泣く。 「玄ちゃん…玄ちゃん…」 彼と離れるのが怖い…今更、何だよ… 「梅ちゃん…愛してる…俺の梅之助。大好きだよ。」 玄ちゃんがそう言って、俺に沢山キスをくれる。 涙を拭って、キスして抱きしめて、甘い言葉で俺を愛してくれる。 「玄ちゃん…怖いよ…玄ちゃんと離れるのが怖い…」 今更…何だよ… 「今日も一緒に寝よう…昔話しよう…」 玄ちゃんがそう言って、俺を抱きしめて温めてくれる。 「うん…うん…する。するよ…」 俺は鼻をスンスン言わせて彼の胸に顔を埋める。 「じゃあ、小さい時さお前が掘った穴に何が入ってたと思う?覚えてる?」 「え…何か入ってたの?覚えてないな…」 自分でも覚えていない、何か入れてたんだ… ひたすら穴を掘っていた記憶しかなかった… 玄ちゃんは、ちょっと待ってて。と言うと、机の上の箱を取り出して、俺に見せて言った。 「こんなの入ってたんだぜ?おっかしいよね。」 その箱の中には、俺が入れたであろうガラクタが沢山入っていた。 「俺がお前に穴掘るなって注意した後、お前は俺が穴を埋めてるって分かったみたいで、穴に必ず何か入れるようになったんだよ…。だから、俺はおかしくなってさ…変な事する子だなって…思ったよ。」 箱の中の一つを取り出してわらけてくる。 「この…このお金、覚えてる。死神がくれたんだ。あはは。これ入れたらどうだ?って言ってさ…外国の物かな…なんでこんなの持ってたんだろうね…」 玄ちゃん…俺の入れた物…こんなに沢山持っていてくれたんだ… 俺は嬉しくて、恥ずかしくて、顔を赤くして中を見る。 「なんで持ってたの?今まで捨てずに、何で持っていたの?」 彼の顔を覗きながら尋ねる。 「いつか見せてやろうと思ってた。それが今になっただけだ。」 玄ちゃんがそう言って、とっておきのお気に入りを見せてくれた。 それは折りたたまれた紙。 黒歴史が書いてありそうで、俺は焦るけど、玄ちゃんはとても嬉しそうにその紙を広げた。 「見てみて?」 そう言って紙を広げると、中には絵が描いてあった。 怒った顔の男の子がシャベルを持っている。 下に平仮名で“げんちゃん”と書かれていた。 「あはは!これ、覚えてる!!注意された後、施設で描いて、穴に入れたんだ。ごめんね!って気持ちで書いたのに…今見ると、完全に煽ってるな…あはは!」 「このころからお前は変わってないよ。」 玄ちゃんはそう言うと、俺の髪を撫でておでこにキスをくれた。 俺は目を瞑ってそのキスを受けると、玄ちゃんの口にキスした。 愛してる… 玄ちゃん…もうこんな風に触れられなくなるんだね… もう…玄ちゃんに抱かれることも無くなるんだね… あんなに小さい頃から、自分でも分からないくらい、玄ちゃんに執着した。 大好きで、大好きで、堪らなくて… おかしいって分かってるのに、自分を止めることが出来なかった… こんな形で…お別れなんて。 「玄ちゃん…愛してるよ…心の底から。玄ちゃんの事だけ、ずっと愛してる。」 彼の顔を撫でながら、俺を見る彼を見て伝える。 「玄ちゃん…玄ちゃんの目が好きだよ。トロンとした可愛い目。怒ると吊り上がるけど、いつも眠たそうで可愛いんだ。口も好き。柔らかくて気持ちいい。この口からは優しい言葉しか出てこないよ…。玄ちゃんの手がすき。強くて、いつも俺の手を引いてくれたこの手がすき。玄ちゃんは特別だよ。特別なんだ。玄ちゃんの背中が好き、少し猫背なのがとっても好き。玄ちゃんの足が好き。もっとすね毛生えてくると良いね。玄ちゃんの考え方が好き。玄ちゃんが俺に教えてくれた全てが好き。玄ちゃん。玄ちゃんが大好きだよ。」 「そんなに好きならずっと一緒に居ればいいのに…」 顔を歪めて涙を流して玄ちゃんがそう言う。 俺は彼の涙を拭えない。 だって、自分の涙の方が洪水を起こしているからだ。 明日の夜にはお別れする。 死期が分かるだけ、俺は良いんだ。こうやって準備が出来る。 世の中の人は俺の様に死期を決めることなんて出来ない… 幼い子供にでも、平等に、容赦なく訪れて、情なんてかけずに奪って行く。 こうやって思いを伝える間もなく、亡くなってしまう人だっているのに… 俺の悩みは贅沢な悩みなのかもしれない… 「玄ちゃん…昔、一瞬女の子と付き合ったよね…」 「その話はダメ。」 俺達は笑ったり、泣いたりしながら夜を越した。 「今日は朝ご飯、頑張りました。」 茄子のお味噌汁といつもの卵焼き。ウインナーとかぼちゃの煮つけ。 「いつもと同じじゃん。」 玄ちゃんに突っ込まれる。 違うんだ。違うんだ。 「お味噌汁のなすは一回焼いてから入れてるんだよ?頑張っただろ?」 俺はそう言って、玄ちゃんに明太子を渡す。 「梅之助。何時に考えてる?」 玄ちゃんのお父さんが聞いて来るから、大体9:00頃かな~と言った。 そうか…と短く言うと玄ちゃんのお父さんは、鼻をすすって泣き始めた。 「梅之助…梅之助…幼い頃から、よく知ってる子だ。玄太の事を好いてくれた…。病的に好いている様はさながら犯罪に繋がりそうな危険な匂いさえした。梅之助。こんなに大きくなって…死神を殴って蹴飛ばした…幼い頃のままだ。」 褒めているのか…けなされているのか… 俺は玄ちゃんのお父さんにティッシュを渡して、自分も少し涙を拭った。 「おじちゃんの時、お迎えに来れたら来てあげるね。」 「そこは、必ず来いよ…」 「玄ちゃんに直して欲しい所が有ったら、もう少し具体的に教えてあげてね。」 俺の言葉に玄ちゃんのお父さんは驚いて俺の顔を見る。 「家内と同じことを言う。」 そう言って大笑いすると、続けて言った。 「あなた、玄太に注意するとき、もう少し具体的に言ってみて?あの子。ただ怒られているって…そんな顔していたわ…そう、よく家内に言われてた。幼い玄太に厳しい俺に、釘を刺していると思っていたが、そうか…俺の注意の仕方…少し気を付けてみよう…」 そう言って、また涙を頬に伝わせると、玄ちゃんもグスンと鼻をすすった。 「今日は玄ちゃんを1日借りちゃうよ~。行ってきま~す!」 俺は朝から玄ちゃんと益田カフェに行く。 玄ちゃんも少しだけ、少しだけコーヒーが飲めるようになったから、いい機会だ。 一緒に行こうじゃないか~!! 「おはよう!今日9:00頃を予定してるよ。」 死神に挨拶して、玄ちゃんと腕を組んで通り過ぎる。 「ここの花屋さん。いつもきれいな花を出すんだよ。あと、ここのお店は割高なんだ。」 玄ちゃんに主婦の知恵を教えてあげる。 カフェの前に百合子ちゃんを発見して挨拶をする。 「百合子ちゃん、おはよう。」 俺の声を聞いて、いや、玄ちゃんの顔を見て、嬉しそうに百合子ちゃんが笑う。 「玄ちゃん、久しぶり…あぁやっぱりカッコいい…」 「俺の玄ちゃんだ。」 すかさず間に入って百合子ちゃんにアピールする。 「玄ちゃんに飲みやすいコーヒー出してあげてよ。」 俺は益田にそう言って、カウンターに座った。 百合子ちゃんに掴まる玄ちゃんに手招きして、隣に座らせる。 「赤ちゃん予定日いつだっけ?」 益田に聞くとあと4か月後って言った。 「楽しみだね。名前は決まってるの?」 俺が聞くと、百合子ちゃんがすごい勢いで近づいて来て言った。 「女の子だったら、凛子りんこ。男のだったら、蓮れん。」 なるほど、好みの名前がある訳だね。 ここは奥さんに譲った方が上手くいきそうだけど、益田の顔を見る限り…もめてそうだな。 「女だったら、真亜子まあこちゃん。男だったら一歩いっぽだろ?」 止めとけよ…揉めるぞ。 俺の勘通り、百合子ちゃんは外を掃き掃除しながら、益田にガンを飛ばしている。 「玄ちゃんは?子供の名前とか考えてる?」 何の気なしに俺が聞くと、益田が驚いた顔をした。 「お前ら付き合ってるんだろ?なんでそんな事聞くんだよ…」 俺は一瞬きょとんとしたけど、そのまま笑って言った。 「興味があるだけだよ。玄ちゃんの頭の中が気になるの。」 俺はそう言って、玄ちゃんの顔を覗いてみた。 「女の子だったら、母の名前。男の子だったら、お前の名前にするよ。」 絶対奥さんに嫌がられるヤツだ…玄ちゃんはアウトです。 「はい、玄ちゃんどうぞ。」 益田が玄ちゃんにコーヒーを淹れてくれた。 「梅ちゃんもいつものどうぞ~」 俺は玄ちゃんが気になって仕方が無いよ… ドキドキ。 玄ちゃんは益田のコーヒーを一口飲んだ。 「ふふ、梅ちゃんのより全然美味しいじゃん。」 玄ちゃんの言葉に、俺は思いっきりムカついた。 「玄ちゃんの家にはコーヒーメーカーが無いんだ!だから俺は試行錯誤しながらコーヒーを淹れてるんだ!なのに、なんだ、こんな環境の整った奴が淹れたコーヒーと比べるんじゃないよ。そもそもの環境にこんなに差があるんだから、比べちゃダメだ!」 ムキになって怒る俺を見て、玄ちゃんは、ごめん、ごめん。と謝って俺の頭を撫でた。 ちょろいんだ。俺は玄ちゃんをすぐに許した。 だって、最後の日だもん。 「俺、ここのコーヒーなら飲めるよ。」 笑顔で初めてコーヒーを飲み切った玄ちゃんが言った。 「良かったね、たまに来るんだよ?」 俺はそう言って玄ちゃんの頭を撫でた。 玄ちゃんは可愛く笑うと、うん。と言った。 離れたくないよ… こんなに愛おしいのに… もっと上手に死神の命と付き合えたら逝く必要なんてないのかな… それとも、もう未来は決まっていて…この葛藤も一時の感情なんだろうか… 益田カフェを出て、仲の良い夫婦に別れを告げる。 「元気で丈夫な赤ちゃんを産むんだぞ。奥さんを大切にするんだぞ。」 俺の言葉に、キョトンとして、ハイハイ。と面倒くさそうに手を振る益田と目を潤ませる百合子ちゃん。2人はお似合いの夫婦だ。 俺と玄ちゃんには負けるけどな… 俺と玄ちゃんはスーパーに行って、今日の言葉通り、最後の晩餐のメニューを決める。 「梅ちゃんの食べたいものは?」 「う~ん。特にないな…」 2人して通路に突っ立って、主婦の邪魔になる。 「そうだ。この前、唐揚げ作り損ねたから、俺の味の唐揚げを作ってやろう」 俺はそう言うと、ポンポンとカゴに食材を入れていく。 玄ちゃんはカゴ係だ。 「玄ちゃん、割けるチーズも買っていく?」 俺が聞くと、また可愛い笑顔で、うん。と頷いて言う。 玄ちゃんのチーズを5個カゴに入れてお会計をする。 「ここのお店ではこのカードを出すんだよ?するとちょっとだけ安くなるんだ。」 買い物の仕方を教えてあげる。 もう明日の朝にはここには来れないから… 明日の朝ご飯…もう俺は作れないんだ… いちいち込み上げて泣きそうになるのを堪える。 「さぁ、玄ちゃんお家に帰ろう。」 俺は荷物を全て玄ちゃんに持たせて歩く。 「重たいだろ?結構大変なんだよ?」 日頃の苦労を玄ちゃんにトクトクと語って歩く。 「明日の朝ご飯は無理しないで有る物を食べるんだよ。」 今日の夜ごはんを作るとき、何か作っておいてやろう… 境内に戻るとあの人が俺に話しかけてくる。 「梅ちゃん、住職に契約消してもらって。」 「ほ~い」 俺は黒服を交わしながらそう言うと、玄ちゃんの袋を一つ持った。 「玄ちゃん頑張れ!買い物は筋トレだ!」 玄関に到着して、俺は冷蔵庫に食材を入れる。 俺の後ろにピッタリくっついて、玄ちゃんが割けるチーズを一つ取った。 玄ちゃんはこれをチマチマと食べるのが好きなんだ… 「梅ちゃん?契約取り消してもらうの?じゃあ、死神の契約も取り消してもらったら?」 「結局俺の命が死神の物だから、面倒な事になるんだろ?」 俺は食材をしまい終わって玄ちゃんにそう言うと、部屋の掃除を始める。 こうやっていつもと同じ生活を最後にも送りたかった。 玄ちゃんの笑顔に癒されて、彼らにご飯を作ることを楽しみに、いつも通りの時間を少し贅沢に過ごす。 「玄ちゃん、俺の葬式は親しい人しか呼ばないで。」 ソファに座って割けるチーズを食べる玄ちゃんの前に座ってもたれかかる。 口から割けたチーズを垂らして、うん。分かった。という玄ちゃん。 「あとね、あの…まぁ、手紙に書いたから。読んでよ。」 そう言って、黙ると、彼は黙々と割けるチーズを割いている。 チマチマといつまでも細かく裂いているから、上からガブリと食べてやった。 「あ~~!!梅ちゃん!酷い!せっかくここまで細くしていったのに…」 なんだよ。何か縛り設定でもしてチャレンジしていたのか? 本当に可愛い人。 俺はごめん、ごめんとぶりっこして謝って、許してもらった。 一緒に境内を歩いたり、一緒にだらけたり、一緒に昼寝したり… 俺はとにかく最後を彼と過ごした。 夕方になって、だんだん呼吸が浅くなる。 緊張して、玄ちゃんに会えなくなると、怖くなって、動悸がしてくる。 その度に深呼吸して、息を整える。 頑張って唐揚げの準備をして、明日の朝ご飯も何個か用意して冷蔵庫に入れた。 明日には…ここには立てないんだ… がっくりと足の力が抜ける感覚がして、震えてくる。 「梅之助。契約を取り消しに来たぞ」 そう言って玄ちゃんのお父さんは足の震える俺を見た。 「…怖いよな。俺も怖い。お前が死ぬなんて…怖くてたまらないよ…」 そう言って体を支えてダイニングの椅子に座らせてくれた。 「玄ちゃんには…言わないで…俺が、ビビってるなんて…言わないで。」 自嘲気味に笑いながら俺が言うと、玄ちゃんのお父さんもまた笑いながら返して言った。 「玄太も同じだ。お前と同じこと言って、ガタガタ震えて泣いている…食事の準備なんてしなくて良いから、あいつと居たらどうだ?」 そうなんだ…玄ちゃんも俺と同じように、怖がっているんだ… 俺は手のひらを玄ちゃんのお父さんに向けて出して言った。 「ちゃんとご飯を…玄ちゃんの為に作ってあげたいんだ…」 玄ちゃんのお父さんは、分かった。頷くと俺の手のひらに指を乗せて、何か小さく呟ていた。 「終わった。お前の所有権は俺には無くなった。お前は死神の物に戻った。」 そう言って俺の頭を撫でると、目を潤ませていった。 「本当に…本当にそれで良いのか?」 俺は玄ちゃんのお父さんの目を見て、涙を落としながら頷いた。 死神が現れた今、俺は彼と居たくて仕方が無かった。 それはもう意志とかの問題じゃなく、抗えない本能の様に。 このままここで暮らした先に見える未来は、俺の望んだ物ではなく、きっと玄ちゃんや周りを傷つけてしまう結果になると、気付いているから。 だから、俺は潔く死神の…彼の元に戻るんだ… 「これで良い。」 そう呟いて玄ちゃんのお父さんに抱きつく。 あったかくて、優しくて、本当のお父さんの様な玄ちゃんのお父さん。 「おじちゃん…ありがとう。俺の事、受け入れてくれて…守って、導いてくれてありがとう…本当のお父さんみたいだった。」 そう言って玄ちゃんのお父さんの背中にしがみ付いて、別れを惜しんだ。 バチバチと唐揚げを揚げていく。 もう15個も揚げた。 明日の朝も食べられそうだな…。 「良い匂いがする~」 玄ちゃんが台所にやってきて、俺の後ろにくっつく。 「あぁ~、梅ちゃん。梅ちゃんの唐揚げは、百合子ちゃんのよりも良い匂いがするよ?」 良いのか?そんな事言って。益田に殺されるぞ?ふふん。 「そうだよ。俺の唐揚げは百合子ちゃんのよりも上品なお味だ。にんにくガッツリ系じゃなく、程よいお味の唐揚げなんだ~」 酷いよな。百合子ちゃんの唐揚げは何も悪くないのにさ。 油を落として、お皿に唐揚げを乗せる。 「見た目が最高なんだが?どうだね?これ、素晴らしいだろ?」 俺はそう言って玄ちゃんに写真を撮れと指示した。 玄ちゃんは唐揚げじゃなく、俺の写真を撮って、にっこり笑った。 玄ちゃんは突然写真を撮るから、全然表情が作れないんだ。 それで、事故画が撮れると、嬉々として見せに来るのがムカつく。 「梅ちゃん、目が半開きだよ~」 とか 「梅ちゃん口が変だよ~」 とか… そんなの不意に撮られて完璧な人なんている訳無いのにさ。 全く。 やることが、本当に可愛いんだ。 料理をダイニングテーブルに置きながら、明日の朝ご飯のことを話す。 「冷蔵庫に、明太子と作っておいた料理があるから。それを出して、温めて食べてね。」 「梅ちゃんが温めてよ。」 「いないから。俺が居なくても大丈夫なようにしたから。」 「明日の夜ご飯は?その次の朝ご飯は?その次の夜ご飯は?」 駄々をこねる様に俺の後ろにくっついて、そうやって文句を言う。 分かるよ…分かる。 「そうだね…そこまで、考えてなかったよ…」 俺はそう言って、洗い物しながら涙を落とす。 玄ちゃんの体があったかくて…もうこの体にくっつかれないのかと思うと、 胸が締め付けられて苦しくなる。 俺は洗い物を終えて、玄ちゃんの方に体の向きを変えると、彼にしがみ付いた。 「玄ちゃん…玄ちゃん…愛してるよ。君の為に唐揚げを作ったよ。美味しく食べて欲しい。俺の愛情を全部入れたから。美味しいよ。ね?ご飯食べよう…?」 そう言って玄ちゃんの顔を上げると、彼は顔中ぐちゃぐちゃになって泣いている。 声も我慢せず泣く姿に、俺は極まって一緒に泣いた。 「げんちゃぁん!唐揚げが…さめちゃう…うっく、うっ…うう…からあげ、たべてよぉ…」 玄ちゃんに喜んで欲しくて作ったんだ。 俺は玄ちゃんを席に着かせると、お箸で唐揚げを取って、彼の口に持って行った。 「あ…あ、熱い…」 俺が泣きながら彼の口に持っていた唐揚げは、揚げたてのやつだったようで、彼は泣きながら口からこぼして言った。 俺はそれがとっても面白くて、大笑いした。 「落とすなよ!俺の愛を落とすんじゃないよ!」 「熱かった…もっと熱くないのちょうだいよ」 全く我儘なやつだ。 俺は冷めてるか唇に付けて確認すると、玄ちゃんの口に再び唐揚げを持って行った。 「今度は熱くない?」 そう子供みたいな目で聞いて来るから、俺はコクリと頷いて、あ~ん。と言った。 口に入れて、ひとかじりする。 表情がパアッと明るくなって目を細めて、玄ちゃんが言った。 「美味しい!梅ちゃん。唐揚げ屋さん、開こう。」 唐揚げの匂いのする寺なんて嫌だ。 「良かった。もっと食べてね?」 後から玄ちゃんのお父さんも席について、いただきますしてご飯を食べる。 「美味しいなぁ。梅ちゃんはお店開けるのに…」 同じことを言ってる。毎回、作った料理のお店が開けると、そうやって褒めてくれるんだ。奥さんにも言ったのかな? それを玄ちゃんが引き継いでる。 そして、きっと玄ちゃんの子供も言う様になるんだろうな… 俺の作った料理は今日でお終いだ… 2人とも…いつも美味しいって言って食べてくれて…嬉しかったな… 明日からは作れないと思うと…本当に残念だよ。 「ごちそうさまでした。」 玄ちゃんが言ってお皿を片付ける。 「今日は俺が洗うから、梅ちゃんはのんびりしていていいよ?」 優しいな。 俺はお言葉に甘えて、食器を洗う玄ちゃんの背中にくっついた。 「油汚れをちゃんと洗ってね?そのお皿は特に、汚れが落ちにくいんだ。」 現場監督である。 「梅ちゃん、チュウして?」 そんな風に可愛くおねだりされて、しない奴なんてこの世にいないだろう。 俺は少し背伸びして、玄ちゃんにチュッとキスする。 嬉しそうに、ふふふ。と笑って皿を洗う玄ちゃんに萌える。 「もっとしたい」 俺はそう言って玄ちゃんにキスを沢山浴びせる。 我慢出来なくなって、玄ちゃんと流しの間に入って、彼を正面から抱きしめてキスする。 「好き…好き、大好き、大好きだよ。玄ちゃん、大好き、大好き…!」 玄ちゃんは洗い物を終わるまで、そんなキスの嵐に応えながら頑張った。 お風呂に入って…体を洗う。 死体は残るから…綺麗にしておく。 死ぬことが怖くなって…涙がこぼれて、しゃがみ込む。 この体は燃やされるんだ… 魂の抜けたこの体は、玄ちゃん達の元に残って…お葬式を上げてもらうんだ… 「玄ちゃん…玄ちゃん!」 急に怖くなって、お風呂場で号泣いて玄ちゃんを呼ぶ。 「梅ちゃん…!」 「玄ちゃん…!怖いよ、もう会えなくなるのが怖い!!玄ちゃんに俺は見えないかもしれない…もう、会えないかもしれない…玄ちゃんの事を忘れてしまうかもしれない…怖い…怖いんだ…死ぬことが怖い…!!」 ずぶ濡れになりながら、玄ちゃんが俺を抱きしめてくれる。 もう後少しで…俺は死ぬ。 「死にたくない…玄ちゃん…玄ちゃぁん…」 縋る様に玄ちゃんにしがみ付いて泣く。 「梅ちゃん…抱いても良い?」 俺の体を撫でながら玄ちゃんが優しく聞いて来る。 俺は玄ちゃんを見上げると、頷いて彼にキスした。 死の恐怖を忘れる様に、目の前の愛する人を求める。 シャワーが頭からかかってずぶ濡れになりながら、必死に俺を愛してくれる。 俺はそんな玄ちゃんにしがみ付いて、むさぼる様に彼を愛する。 「梅ちゃん…愛してるよ。いつまでも愛してるよ…」 何てことだろう…こんな悲しいことは無い… 「玄ちゃん…玄ちゃん…愛してる」 こんなに悲しいことは無い… 事が終わっても、俺は玄ちゃんの体に抱きついて、ずっとキスする。 「離れないでよ…離れないで…」 玄ちゃんの体が動いて、少し隙間が出来るだけで俺は文句を言う。 「梅之助…居るのか?そろそろ時間だぞ…」 玄ちゃんのお父さんの声がする… 俺を殺したいの…? いいや、俺が望んだんじゃないか… 玄ちゃんをびしょ濡れにしてしまった… しかも服も剥ぎ取って、脱がせてしまった。 「玄ちゃんを襲ってしまった…」 野獣のごとく玄ちゃんを襲って、彼に抱かれた。 「最高に気持ちよかった…」 玄ちゃんの顔を見て、ポツリと俺が言うと、彼は顔をくしゃくしゃにして笑う。 「そう、それは良かったね。俺も最高に気持ちよかったよ。梅ちゃん。」 俺の頭を抱き寄せてキスの嵐を浴びせると、玄ちゃんが言った。 「体を拭いて、着物を着ようね。」 死に装束だ… 俺は玄ちゃんに体を拭いてもらい、死に装束を着る。 袷を左前にして帯を止める玄ちゃんに背伸びしてキスする。 髪の毛を乾かしてもらって、頬と唇に少し化粧をされた。 冷たい死に装束に慣れた頃、玄ちゃんが手を伸ばしてきたので、俺はその手を掴んで、連れられて歩いた。 彼の顔を見ながら、歩いて付いて行く。 玄ちゃんは黒い法衣を着て、まるでお坊さんだ…イケメンのお坊さんだ… 「髪の毛はそっちゃダメだよ…」 玄関で、草履を履く玄ちゃんに向かって言うと、彼は俺の方を向いて頷いた。 目が赤いね…泣くのを我慢しているみたいだ… 俺用の草履が置かれていて、それに足を通して土を踏む。 まるでバージンロードの様だ… 玄ちゃんに手を引かれて、ご神木の下に佇む死神に向かって歩いて行く。 「玄ちゃん…愛してるよ…」 玄ちゃんの腕に腕を絡めて、彼の体温を最後まで求める。 「梅ちゃん、俺も梅ちゃんを愛しているよ…」 死神の前まで来ると、彼はとても嬉しそう笑って手を伸ばした。 俺は玄ちゃんに抱きついて、彼にキスの嵐を浴びせる。 「玄ちゃん…奥さん貰うんだよ…俺は特別枠のまま、奥さん貰うんだよ…」 そう言って笑って彼から離れる。 玄ちゃんの表情が歪んで大粒の涙が目から零れ落ちる。 死神の手を掴んで、彼を見上げる。 「梅ちゃん…やっと一緒になれるね…」 彼は恍惚とした表情で俺を見下ろすと、俺の手のひらに自分の指を置いた。 「言い残したことは…?」 黄色いお月様の様な色の目を携えて、俺に顔を寄せて死神が聞いて来る。 俺は玄ちゃんの方を向いて、一番の笑顔をして言った。 「俺のクマちゃんパンツは、玄ちゃんにあげる。」 そう言って死神に視線を戻し、彼のキスを受けながら、手のひらに模様を描かれる。 体の力が抜けて、足から崩れる様に倒れる。 「梅ちゃん!!」 玄ちゃんの声が最後に一瞬聞こえて、俺は死んだ。 完

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