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いつもと変わらない、筈の朝

 俺と啓介(けいすけ)が同棲するようになって、二年が経っていた。俺が新卒で入った会社で新人研修をしてくれたのが、十歳年上の啓介だったんだ。  一向にクラスメイトたちの話す『初恋』は俺には訪れず、ついに大学を卒業してしまったんだけど、面倒見良く新人の俺に仕事を教えてくれる啓介に、いつの間にか恋していた。俺の『初恋』は、啓介だった。  でもそんな告白をしたら、気持ち悪がられるに決まっていると思って、一年が過ぎた。だから啓介とは、出逢って三年目。  人数合わせで啓介と一緒に連れられていった合コンで強かに酔い、介抱されたビジネスホテルのベッドの上で想いをぶちまけてしまった時は、言ってから蒼くなったけど、啓介は黙って俺を抱き締めて眠りについた。  そして次の朝、改めて交際を申し込まれた。「酔って何も覚えてねぇなんて言われたら、立ち直れねぇからな」と、見た事もない甘やかな微笑みを、いつもはポーカーフェイスの口角に滲ませて。  俺たちが同棲を始めるのに、二週間もかからなかった。  そんな、いつもの朝。 「(しん)、ソース取ってくれないか?」 「ん。はい」 「サンキュ」  啓介はいつものように、引き締まった身体にボクサーパンツ一枚で朝食を摂る。  俺はもうスーツにタイで、出勤用意を調えていた。人には言えない恋愛だったから、時間差で出勤するようにしている。  啓介は目玉焼きにソースをかけ、置き、再び言った。 「慎。悪いけど、新聞取ってきてくれないか?」 「良いよ」  俺は玄関の郵便受けに向かい、新聞を取ってきて啓介に差し出す。 「はい」 「サンキュ」  トーストを頬張り紙面に目線を落としながら、啓介はみたび俺に声を掛けた。 「慎。キッチン棚の、上から三番目の引き出しから、青い箱取ってきてくれないか?」 「ん? うん」  そんなものあったかな、と思いながらも、俺はキッチンに向かう。果たして、そこにはビロードの小箱があった。 「あったよ。はい」 「開けてみてくれ」 「うん」  何の疑問も持たず、俺は言葉通りにする。 「……え?」  中にはダイアモンドが一粒輝くプラチナの指輪があって、見慣れないその煌めきに、俺は一瞬ポカンと言葉を失った。  ボクサーパンツ一枚にフレームレス眼鏡、というアンバランスな格好で新聞から顔を上げないまま、ソースを取ってくれと言ったのと同じトーンで、啓介が言う。 「慎。結婚してくれないか?」  何食わぬその精悍な横顔に視線を当てて、俺はしばし呆けた後、喜びを爆発させた。 「……うん!!」  ようやく顔を上げて、啓介が目尻に優しい笑い皺を刻む。 「愛してる。慎」 「俺も! 啓介!!」 「おいおい、コーヒーが零れる」  思わず飛び付くように横から抱き締める俺に、啓介が笑ってたしなめた朝だった。幸せはじわじわやってくる。 End.

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